うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

生きていること、それは覚えていること

今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

私には、祖父母がひとりずつしかいない。もちろん、物理的にはちゃんと二人ずつ存在しているのだが、私はそのうちのひとりには、まったく会ったことがないのである。私がこの世に存在する前には、彼らはもうこの世の人ではなかったから。顔はもちろん、名前すらも、実はよく知らない。

そんなわけで、私にとって祖父母とは父方の祖父母だけを主に指していた。普通の人には二人ずついる、ということを小さな時分にはたぶん知らずにいたと思う。

物心ついた頃には祖父母の家に滞在するのは盆と正月くらいになっていたが、ごく小さい時には長期間過ごしていたこともあったようだ。そのせいだろう、祖父母には随分可愛がられていたらしい。その記憶はまったくないが。ただ、厳しいことは言っても何だかんだと甘いのだろうな、と感じることもあったし、それはありがたいことでもある。

親の愛情不足である、と専門家に判断されたことのある私にとって、家族というものはいまいち実感に欠けるものである。もちろん嫌っているわけでも絶縁しようなどとも思ってはいないが、普通の人に比べたら随分親族への情の薄い冷たい人間だと思う。だから、こういったテーマは苦手だし、どう語ったらいいのかもよくわからない。でも、ちょうどあることを思い出す出来事があったので、書いてみることした。

最初からひとりしかいなかった祖父母だが、今も元気なのは祖母だけだ。祖父は数年前に天国へ行った。大往生だった。ただ、事情があって亡くなる前には数年会っていない状況だった。会いたくなかったのではまったくなく、全然別の理由だった。今となっては、そんなこと気にしなくて良かったのに、と思うのだけど、当時の私にはとてもそんなことは思えなかった。恐怖から立ち直るには長い長い時間を要した。もし、その理由を理解してもらえていたら、会いに行くことは可能だったはずなのに、私の話を聞いてくれる人間は、誰もいなかった。いつもそうだったから。
何故会いに行かなかったのだろうと、今更しても仕方のない後悔に、時々苛まれる。

祖父はカープが好きだった。決して熱烈なファンではなかったようだが。そもそも広島の人間ではなかったし、カープの存在が日常の風景と化している広島の住人とは感覚が違うかもしれない。広島の人にとってカープとは何なのだろうと考えたことがあるが、きっと山や川がそこにあるように、いつもそこにある景色の一部なのだろうと思う。そう、それは日常と呼ばれるものそのものだ。だから心の片隅でいつも気になっているのだろうと。もちろん、日常の光景が大好きな人もいればそうではない人も、気にも留めたことがない人も、別の風景の方が好きな人も、色々な人がいるだろう。感覚は人それぞれだ。

そもそも父はわりと熱心な巨人ファンだったし、祖母は阪神が好きだった。母はまったく野球に興味がなかった。私は日常の一部としてカープを微妙に気にかけるくらいで特にどこかの球団のファンというわけではなく、プロ野球より高校野球の漫画に夢中だった。てんでバラバラである。テレビで阪神の試合の中継を見ている祖母の横で、祖父はラジオでカープの中継を聞いていた。少なくともその程度には好きだったようだ。何故カープが贔屓なのか、祖父には結局聞かずじまいだったが。

約四半世紀前にカープがリーグ優勝したことは何となく覚えている。祖父はもちろん元気で、元気な柴犬の散歩に毎日出掛けていた頃だったように思う。しかし祖父が亡くなる前には、万年Bクラスと揶揄されるのが当たり前になっていた。もう少し元気でいられたら、優勝に再び立ち会えたのに。25年とは、それほどに長い月日だったのだと、祖父のことを思い出すと、改めて実感する。

もう祖父はいないが、カープは存続している。しかも連覇まで達成した。数年前には「30年以上応援してきたけど見捨てようと思う」と宣言する人まで出てくる程だったのに。その後どうしたのかは聞いてないが、かなり間違いなく見捨てていないと思う(笑)。
可愛がってもらったんだから時々思い出しなさいよ、と祖母は言っていた。もちろん忘れたりはしないが、祖父を思い出すきっかけのひとつがカープで、このところの活躍でわりと頻繁になった気がする。きっと遠いところで、好きなお酒と甘いものを楽しみながらラジオを聞いているのだろう。いや、テレビを占領しているか。

次に祖父の家を訪れる時には、またカープのお酒でも持参しようかと思う。お菓子の方がいいだろうか。悩むほど関連商品が売られている。ゆっくり考えよう。おじいちゃん、今年もカープが優勝したよ。

ロンバルディアトロフィー2017&USインターナショナルクラシック2017

いよいよフィギュアスケートのシーズンが本格化して参りました。
と言ってもまだB級大会の時期。グランプリシリーズが始まる来月からがテレビ放送も開始されシーズン開幕、という雰囲気だった気がするのだが…。

もうグランプリシリーズやってたっけ?と聞きたくなるくらい、先週くらいからワイドショーやスポーツニュースで大会の結果が取り上げられててびっくり。さすがオリンピックシーズン、注目度がまったく違う。
そして日本の選手たちの活躍も目覚ましかったからですよね。残念ながら地上波放送しか視聴できない私はスポーツニュース等のテレビしか映像の情報を得られなかったため、正直記事にするほどのことは書けないのですが、それでも少しだけ感想を。

まずロンバルディアトロフィー。昌磨君!昌磨君!まだオリンピック始まってないしグランプリシリーズすら始まってないです!うおおおおおお願いだからノーカットで見せてくれえええええ←無茶言うな
ショートも調子が良さそうだったが、フリーはホントにノーカットやってくれ、とジャンプの成否のみ流すいつものニュースの構成でも思うほど、いい演技だったのがわかる感じでした。あああ、どうなるんだ今シーズン!もう無理←早すぎ
表彰台ちらっと映ったのも見たが、ジェイソン相変わらずいい笑顔ですな。演技見せてくれえええええ←無茶言うな

女子は樋口さんがむっちゃ調子良さそうでワクワクした。画面から飛び出してきそうなくらいパワーを感じました。ノーカットで見せてくれえええええ←だから無茶言うな

そしてUSインターナショナルクラシック。衣装を忘れても酸欠になってもきっちり勝利をおさめた真凜ちゃん、いやー、期待大ですね。衣装忘れた時の話は大物ぶりを感じたし何より可愛かったです。去年までジュニアだったの忘れちゃうわ。今作ってるというショートプログラムが楽しみだな。
マスコミも真凜ちゃんにかなりフォーカスを当ててるが、やはり強くて可愛い女子選手の存在がテレビ的には大事なのか…。だったらノーカットで演技見せて←どさくさにまぎれて無茶言うな
坂本さんについては結果を見たくらいだが、まだシーズン始まったばかり、焦らず頑張って欲しい。彼女を平昌候補に挙げるマスコミもあるが、本当に平昌は誰が代表になるのかまっったくわからない。怪我がなければ宮原さんは当確に近かっただろうけど、怪我の影響がどれだけあるか読めないし…。全日本で死ぬ思いするのもう嫌なんですけど絶対避けられないよね今回は(泣)。
男子は全然映像なかったよね?(泣)無良君どうしたの、でもまだ序盤だ、十分立て直しは間に合うぞ。そしてネイサン、ついに4回転ループを着氷したのか!ガンダムファイト…じゃなかった男子シングルは宇宙レベルの争いになることは間違いないようです。我々ファンはオリンピックまで生き残れるのでしょうか。楽しみすぎて死なないように応援頑張りましょうね!←何かおかしい(笑)

しっぽもつけました

約1年にわたり放置していたアイコンをやっと設定しました。

とりあえず適当に写真でも載せようと思ったのですが、当たり障りのないものは海とか空とかしかない上私の撮影技術があまりにも微妙でろくな写真がない。新しく撮ろうと思ったけどなかなかアイコンにできそうな被写体に出会わない…。

そもそも本当は、知人に依頼してアイコン用の絵を描いてもらう予定だったのです。しかし、明日の食べ物にも困ることがある私の経済状態と電子機器の環境では現状不可能であると判断。泣く泣く保留。

だからと言っていつまでも放置じゃまずいだろう、だがどうすればいいのか。いっそのこと自分で描くか。いやしかし。
そんな時、小学生の頃「向いてない」という理由で手芸部から工作部に転部させられたことをブログ記事を書いていて思い出す。そういや不器用だった私。でも不器用でもアホみたいなちっちゃいぬいぐるみ作ったりするのは好きだったなー、縫い目とか無茶苦茶だったけど(笑)、と懐かしく思い起こしているうちに、ふと思いつく。
そうだ、ぬいぐるみ作ってアイコンにすれば、ある意味超オリジナリティに溢れた(笑)画像になるのではないか。タイトルからしてうさぎとパイナップルのぬいぐるみでいいな!←単純

しかしなかなか実行に移さないまま数ヶ月。夏も終わる頃になってやっと重い腰を上げ、ようやくフェルトや綿を買ってくる。すごい、100均って何でもあるね。針と糸くらいしか家になかったから、裁ち鋏も購入したよ。

まずはパイナップルを作る。いちばん簡単そうだったから(笑)。綿を詰めると一気にぬいぐるみっぽくなるのがちょっと楽しい。

続いて白いうさぎ。2羽のうさぎがパイナップル挟んでかじってる、というのがイメージ。パイナップルもそうだったが、ボールペンで直接フェルトに線を引いて切って、それを型紙にしてさらに線を引いた。死ぬほど適当…。

目のまわりだけちょこっと模様のあるうさぎがかわいいので、そのイメージで作ったら覆面レスラーみたいになってしまった。違う、こんなはずじゃなかったんだ。こんなの作るつもりでは(泣)。目もマジックで描いてるけど、本当は家にあったちっちゃいボタンを付けるつもりがいざ合わせてみたら不気味過ぎてやめちゃったから苦肉の策なんだ(泣)。茶色い方のうさぎはえっと、ネザーランドドワーフ…。ああっ、何そのかわいそうな人を見る目付きは(泣)

縫ってから布ひっくり返すんでしたっけ?でもこれわりとちっちゃいので無理で、縫い目がおもいっきり見えてます。もうそういう仕様にしました(泣)。

いい加減に作ったわりにはそれっぽい形になったけど予想通りと言うかなんと言うかろくでもないものができてある意味感動です←棒読み

今日設定することに随分前から決めていたので(ブログ開始日と同じ理由で)、間に合うように進めていたのですが、結局某球団の試合を見ながら縫い続けることになり、しかも勝敗が決しても仕上がらなかった(汗)。けど何とか今日中に出来たので急いで設定。かじってる感が全然ないけど(汗)。そんなもんいらんか(笑)。
最終的には知人にお願いすることにしたいので暫定的ですが、しばらくはこれを使おうと思います。たぶん誰も気にしてなかったとは思うが私は気になってたんですよ(泣笑)

ついでにハンドルネームも変えようと思ったけど、何も思いつかなかった…。よく考えるとパイナップルそんなに好きじゃないし、タイトルはこのままでいいけどハンドルネームからは外すか、とかいう死ぬほどどうでもいい理由なんだけど(汗)。とりあえず名無しに戻ります。あんまり好きじゃないのに何故このタイトル、と突っ込まれそうだが、たぶん無茶苦茶過ぎて理解不能なのであえて説明しない方向で貫こうと思います(汗)←どうでもいい

追記:悩んだ結果、白い方のうさぎはお蔵入りにしました(泣)。早くアイコン依頼できるように頑張ります…。

シリーズ・間黒男氏を主役とする一連の物語が如何に好きであるかを語る←まわりくどい

好きな『ブラック・ジャック』のエピソードについて時々語る、とかなんとか宣言してた気がするので、有言実行ってことで今回書いてみる。たぶん皆どうでもよかっただろうけど(笑)←このブログはそういうブログ←でもさすがにちょっとモチベーション下がり気味かも

とりあえず、私と『ブラック・ジャック』との出会いから書いていきましょう。
高校野球がお題だった時に、『ドカベン』が好きだったことを話題にしたけれど、その『ドカベン』と同様、私が『ブラック・ジャック』を見つけたのは「祖父の家の叔母の本棚」でした。

初めて読んだ時は正直言って気持ちが悪かった。リアルな手術シーンの数々は、小学生には刺激が強すぎたのです。秋田書店少年チャンピオンコミックス版の表紙には確か8巻まで「恐怖コミックス」って書いてあるのよね。9巻からは「ヒューマンコミックス」なんだけど。何をもって恐怖?と今にして思うのだが、確かにトラウマになりそうな描写のある回も時々存在するからなあ…。

そんなわけで、なかなか読み進められずにいたのですが、数年かけて何やら心境の変化でもあったのか、手術シーンに耐えながら読んでみたところ、なんだこれ無茶苦茶面白いじゃないか、と気付いたんですね。小学生の私、よく頑張って読んだ。この漫画との出会いは間違いなく価値のあるものだったから。

そのきっかけとなった話は、少年チャンピオンコミックス版2巻のラストに収録されている「二度死んだ少年」 でした。殺人を犯して自殺を図った少年を手術で助けることになるのだが…、ものすごーくかいつまむとそういう話なんだけど、この物語のラストのページが、特に少年のラストのセリフがとてもとても心に残って、それがきっかけで、ああこの漫画にはとてつもない力がある、と気付いたような気がする。ネタバレしないで書くのが難しいけど、小学生の私には、メンツを保つことのくだらなさとか、生きる権利同様死ぬ権利も本来他人が侵すべき領域ではないのではないだろうかとか、人間の深淵みたいなものに触れる入口のひとつになった話だったかなと思います。
少年本人のことを見ていたのはブラック・ジャックだけ。少年はそれを知っていたのでしょうね…。欠片だけでも救いがあったのだと、最後に思わせるラストシーン。とても難しい話だし、読後感がいいわけでもないけれど、私にとっては非常に印象深い作品です。てかネタバレになっちゃってたらすみません…。

さて、面白さに気付いたのはいいものの、コミックスは盆と正月にしか行かない祖父の家にあったので、繰り返し読むことができない。自分用にも買わなければなりません。しかし、当時一番簡単に手に入ったのは1000円くらいする豪華版で、とてもすべては揃えられなかった上に、その後文庫版の存在に気付いたものの、収録順が異なる上に未収録作品も存在、何よりセリフの改変があることを知ってしまう私。
結局私は、巡り巡って豪華版も文庫版も集めるのをやめて、少年チャンピオンコミックス版を「昭和の版」で集めることに決めました。そう、祖父の家の本棚と同じものを。セリフの改変が嫌だったんですね、結局。色々理由はあるのでしょうけど、私は当時のままで読みたかった。セリフが変わっていることで、会話の流れがおかしかったり意味がわからなくなっていたり、自分の記憶との差異も含めてかなり違和感があったのですね。作者の意図した通りにこの作品を味わいたかったのです。
裏表紙が白いものは新しい版なのかな、だからとりあえず青いものに絞る。版が新しいと問題の改変が行われてしまっていると思われるからです。たぶんそのはず。古本屋を訪れるたびに漫画のコーナーを目を皿のようにして探し、まだ持っていなかった単行本を見つけた時の喜びと言ったら。ピンポイントな探し方をしているため実はまだ全部揃ってないんですけどね(汗)。貧困化も進んでしまいましたし(泣)。

祖父の家には実は全巻揃ってなかったので、こうやって探して初めて読めた話も実はあったりして。文庫版もだいたい読んだし、何故かコンビニで売ってるテーマごとに編集したらしいシリーズも何冊か持っているのだが、改作された作品を除けば、「植物人間」と「快楽の座」だっけ?あの2作品以外は全部読んでるはず。未収録作品の袋綴じが目当てでなんかの雑誌買ったこともあるような…。かなりうろ覚え。実は画集も持っている(笑)。

今後もコツコツと集めつつ(っても持ってない巻の方が既に少ないので未所蔵の巻数を常にメモって持ち歩いておかないとダブって買っちゃいそう…)、時々こうやってひっそり語れたらいいなあと思います。未読の方は是非。損はしないと思うけどなあ。

名も知らない街へ地図も持たずに歩く拷問

お題「結婚」

思いっ切り躓いてしまったあの頃、専門家の先生が言った。

「原因は親の愛情不足です」

二人になった時、母は烈火のごとく怒っていた。
「何が愛情不足だ!たっぷり愛情かけてやったわ!」
「今までうまく育ててきたのに」

般若の形相で怒り狂う母親を、口をきく気力すらなく黙って見つめたあの時に、たぶん私の中で何かが壊れてしまったのだと思う。
いや、とっくに壊れていたものの正体が、自分の抱えていた疑問の答えが、明確になったという方が正しい。

あんなに驚いたことが人生にあっただろうか。
うまく育っていると思っていたなんて。
本気でそんなこと思っていたならどうかしている。

そうか、この人は「私自身」のことなんか何も見ていないんだ。
大事なのは自分の体裁だけなんだ。
そんなことずっとわかっていたけれど、目の前に突き付けられた事実は、私にとってあまりに酷だった。

私が本当に、母親を「ものすごくよく知っている近所のおばさん」程度に捉えて生きよう、と決意したのはもっと後のことだが、それは別の機会に譲る。

ずっと「お前より不幸な人なんかいくらでもいる」と言われ続けて育ってきたし(友人知人からの発言も含めて)、そういう人は実際にたくさんいるので、自分の親はどうもおかしいのではないかと幼い頃から感じつつも、実際に確信するまでには相当な年月を要した。
「大変な思いをして産んでやったんだし育ててやってるんだから、産んで欲しくなかったとだけは絶対に言うな」と何度も言われ続けてきたけれど、心の底から産んで欲しくなかったので、釘を刺されて何も言い返せないのがつらかった。
「親は子供に対して何をしてもいい」と激怒しながら、何度も何度も「普通の親ならたぶんしない」ことをやっていた。さすがに情け無さすぎて、今はまだ書く勇気がない。冒頭で私が躓いた原因は、お金の稼げない自分には何の価値もないのにこのままでは稼げない、と思ったら一歩も動けなくなってしまったからだけど、 それを知っても母親は同じ事を続けていた。

母は「まともじゃない家庭」が嫌いだった。そういう家庭の人のことは誰であろうと容赦なく貶していた。芸能人、同級生、近所の人、身内、誰であろうと関係なかった。ただ、母にとって「まとも」ではないだけで、その基準は私にはわからない。
そして「不幸な家庭は繰り返す」が口癖だった。

だから私は、小さな頃からずっとずっと思っていた。

じゃあ、私もお母さんと同じことをするだろうって。
こんな惨めで情けない思いを自分の子供にさせるなら、私は絶対に結婚なんかしない。

それに、ただ道を歩いているだけで、ただ生きているだけで、容姿に対して酷い言葉を幾度となく浴びせられる私などを伴侶に選んだら、その相手は一体何を言われるか。あまりにもかわいそうだ。しかも相手は高学歴で容姿も美しく、お金持ちの立派な人でなければまず母親に貶され続けるだろう。そんな人が私を選ぶはずはない。
私は結婚などしてはいけない人間だ。一生一人で生きていこう。そのために一生懸命勉強してお金を稼げるようになろう。そうでなきゃ生きてる価値がない。

小学生の頃には、そういう誓いを立てていた。別におかしなことだと思っていなかった。お金さえあれば親は満足するだろうと思ったから。

しかし今、母親は幾度となく私に言う。
「早く結婚しなさい」
「孫を産め」

子供の頃にはほとんど言わなかったのに、である。
お金も稼げず、いつまでも一人でふらふらしている娘など、もはや自慢の種にもならず何の価値もないのだろう。結婚してくれれば世間体も保てるし伴侶の稼ぎが当てにできる。世間体が大事なだけなので孫の面倒なんか一切見ないだろう。お金がもったいないから。

「不幸な家庭は繰り返す」っていつもいつもいつも言ってたの、お母さんだよ。
繰り返す人を馬鹿にしてたの、お母さんだよ。
私は馬鹿にされない人になろうとしただけだよ。
何がいけないの?

それに、気付いてしまったのだ。
母と同じことはしたくないと思っていたのに、
大切な人たちに、母とまったく同じキレ方をしている自分に。
もう、駄目だと思った。

でも私の声なんか届きはしない。母にはもちろん、どこの誰にも。
だからずっと、黙っていた。
説明せずにやり過ごすには、興味のない振りをしておくしかなかった。

そこを友人たちに叩かれる。
「どうして結婚しないの?○○なの?」
「○歳までに結婚してない人には何かあるよ」

この人たちは私の母と一緒だ。
世間体が大事なだけで、本当は自分以外の人間なんかどうでもいい。
旦那なんか誰だっていい。結婚さえしてくれれば。
歩けもしない子供を預けて仕事もするし、子供はおばあちゃんが育ててる、とはっきり言うことも厭わない。子供なんて世間体を保つための道具に過ぎないから。子育てが面倒なだけだけど、お金がないんだからしょうがないって言っておけばいい。
でも、そんな自分に気付いてない。

まあ、そこまで言うのは穿った見方かもしれないけれど、子供の性格や性質によっては、親にいて欲しい時にいつもいなかった、という経験は将来大きな影を落とすことになるだろう。たくましい子供たちであることを祈るのみだ。
そうでなければ、私みたいになるから。
せめて、私はお前を食わせるためにこんなに頑張ってるんだ、という態度を示すのはやめてあげて欲しい。あれはきつい。やってる人を見ると、どうしようもなく胸が疼く。好きで産んだの、あんただろ。

でも、他人の家庭のことなんか結局どうでもいい。余計なお世話であって当人の自由だ。
どうでもいいけど、結局同じだから、子供の話すら聞いてないんだから、そりゃ他人の話なんか聞かないだろう、というだけのこと。
けど、実態がどうであれ、世間が私とこの人たちを比べた時に、「まともな人」と判断されるのは、私ではないのだ。
まともじゃないから断ち切ろうとした、それだけなのに。

親が誰であろうと、私はそもそもずれた人間なのだと思う。だから育てにくかっただろうとは思う。
母が「普通のお母さん」よりもずっとずっと苦労しているのも知っている。
おそらく半分以上趣味でパートに出て、仕事が終わればパート仲間で外食、自分や旦那の親に家まで買ってもらい、住むところや食べるものの心配などしたこともなく、子供の出来が悪いと適当に嘆いておくくらいしかやることがないのに、自分は世界でいちばん大変だと思っている、そんな人々を見るたびに、あまりの母との境遇の違いに、母親がかわいそうでならなかった。こういう人たちから見れば私の育った家庭など「あそこよりはマシ」と自分たちの価値を確認するために無意識に蔑む対象に過ぎない。せめてもう少し経済的に「普通」であったなら、あそこまで歪まなかったのではないかと母を見ていて思うことも事実である。

それでも、もう限界だ。
いやずっと限界だった。
自分が生きていくことすら難しいのに、親の人生まで支えられない。期待に応えられない。
私が倒れても、誰も助けてなんかくれないのに。絶望的な共倒れになるだけだ。

私が本当に誰のことも必要としない人間だったらどんなに幸せだったか。
自分を好きにならなきゃ何も始まらないよ、とありとあらゆる人たちが言う。
あなたはその自己肯定感とか呼ばれてるっぽいものを、小さい頃にご両親から貰っていたのだよ、当たり前のように。
だから、それを貰えなかった人がどうすればいいのかがわからないんだよ。
わからないくせに、こうすればいいのにって結果だけ求めているんだよ。
そういうの「バカ」って言うんじゃないんですかね。
そして貰えなかった人はもっとどうすればいいのかわかんないから、運良く親の代わりに与えてくれる誰かに出会えればいいけれど、そうでなければそれを与えてくれるフリをして金だけ巻き上げる何かに騙されるのが関の山。

それでも「結婚してる人はまとも」なんだって。
一人でいる人はおかしいんだってさ。
もうそういう考え方やめたらいいのに。
どうしても駄目だって言うんなら、お金を出せば?
まともな人が増えるように、給料を上げたり世話をしたりすればいいんじゃないですかねー。
結局、あなたが「まともな人」って呼ばれたいだけでしょ。
そんな奴等に、人間のクズみたいに扱われるの、もうウンザリだよ。

私がこういう風に思って生きてきたことはほとんどの人が知らないだろうし、知ったところで何とも思いはしないだろう。
本当のことを話したって聞いてくれないから、道化の振りを続けてきたけれど、それも私自身だけど、少々疲れたんだ。私はあなたを気分良くさせるためだけにいるんじゃない。そんなの友情とか愛情とか言わない。

また朝が来たことを嘆く儀式

お題「起きて最初にすること」

某球団の動向で少々疲れたので(←家で慌ててただけ←決まりそうだったら適当にお店入って騒いでる人がいればうっすら混じろうとか思ってた←友達いないのがバレる発言)今日は適当に終わらせるよ(笑)。

私は寝付きが悪いので寝起きも悪いです。以前ほどではなくなってきたけれど、寝ようと思って布団に入っても何時間も眠れないので、眠りに入るのはほぼ「いつの間にかうたた寝している」という状況でした。帰宅してとにかくお弁当箱洗って化粧落として着替えて、とりあえず休憩目的で横になると、疲れでそのまま寝てしまうのが毎晩。当然テレビとか電気とかつけっぱなしで、途中で起きて消してまた寝て、の繰り返し。たぶんあんまりよく眠れてないですね。たぶん。

なので、朝も基本的にスッキリ起きられません。起きてすぐに動ける人を見るとめっちゃびっくりします。私にはまず不可能なので。
目が覚めると、とりあえず携帯電話で時刻を確認し、そのまま携帯を使って情報収集したりメールの返事を書いたりします。頭がハッキリして身体が動く状態になったら、ようやく体を起こしてお茶を一杯飲む。
って感じかな。身体が動くまでに一時間くらいかかることもありますね。なので、出掛ける二時間以上前には起きてます。7時出発なら最低でも5時起き。朝食やらお弁当の支度やら、前の晩にうっかり寝ちゃってるから慌ててお風呂入ったりとか、しかも湯船にしっかり浸かったりするものだから、正直二時間でも足りなかったりして。朝が早いのはたいへん辛い…。でも強迫観念なのか、休日でも結局たいてい5時起き。たまに9時くらいまで寝ると自分でびっくりします。昔は完全な昼夜逆転で、「笑っていいとも」と同時に1日が始まる、という感じだったのにな(笑)

さて、台風はどうなるんだろ。できれば突然消滅して欲しいけど。もう地球は見限った、宇宙へ行く、とか言い出して欲しいけど。 …ないか、そんなん(笑)。

Fantasy on Ice 2014 in Toyama⑬

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓usagipineapple.hatenablog.jp

 

日曜日は昼と夜の公演の間、会場の近くでぶらぶらと過ごしました。
ステファンたちが写真を撮っていた場所の地下は時間によって水が滝のように流れて綺麗だったし、ぷらぷらと歩いた河川敷も美しかった。ぷらぷらと歩いて向かったのは「世界一美しい」と評されるスターバックス。ショーの影響なのか、それとも有名な観光地だからか(たぶん両方)、ものすんごく混んでた。混んでるのに明らかに長居してる奴いるなー、とちょっと心が荒んだが、テラス席だけど座れたからまあ良し。体調が良くなかったからね…。

曇り空なのが残念だったけど、世界一美しいと評されるだけあって綺麗な眺めだった。夜はライトアップされてもっと綺麗なんだと思う。夜も訪れたかったけど、この体調では少々つらかった。絶対混んでるしね。こんなに混んでなければ何時間でも景色を眺めてぼんやりできそう。いいなあ、こんなところ家の近所に欲しい。

両日の夜公演終了後は会場からホテルまで歩いて帰ったのですが、多くの観客が駅に向かって歩いている道ではなく、初日のホテルから見えていた裏道の方を、たぶん空いてるだろうという理由で歩いてみたりして、前泊して得た知識(←大袈裟)が役に立ちました。一斉に皆が同じ方向へ向かうため、なかなか混雑していたのですよ。

ホテルまでの道のりは、二人で喋りながら歩くにはちょうどいいくらいの距離でした。道路もよく整備されてて綺麗だったし、城のライトアップも見られたし。
しかし、ものの見事に居酒屋しか開いてない。しかも駅から離れると居酒屋すらない。ホテル内のお店も閉まっていたのでホテルに近い商店街まで歩いて行ってみたが、とにかくびっくりするほど店が開いてない。結局昼に続いてスタバへ。そんなにがっつり食べなくてもいい店がスタバしかなかったのである。ファミレスとかファーストフードとか、いくらでもありそうなチェーン店が全然ないのにはびっくり。もっと郊外に行かないとないのかな。いやそれにしても開いてなさ過ぎである…。だから駅ビルのお店がとんでもなく混んでいたのだろうか←めっちゃ並んでるので入店を諦めたんですよ

天気が崩れ始める中ホテルの近くのコンビニに寄り、富山ラーメンを大量ゲット。友人知人へのお土産はこれに決定(早い者勝ち)。ホテルへ戻るとさすがに泥のように疲れて寝てしまいました。よく眠れましたよ、いいホテルだった。ちょっといい部屋だったしね。

最終日はあいにくの雨。今日の朝食は和食をメインにしてみました。富山の地の物も色々あっておいしかった。
朝食会場では職場体験らしき子供たちがホテルのスタッフに指示を受けながら作業してるのも見えました。そうか月曜日だったっけ。富山でもやってるのね職場体験。

チェックアウト後は雨なので路面電車富山駅へ。お土産物屋が入っている駅のそばのビルへ行ってみたら、見事に人がいないのでびっくりした。月曜日だからか?いやでもそれにしてもガラガラ過ぎない?(汗)

職場へのお土産はうさぎのパッケージがかわいい「月世界」。有名なお菓子らしく、たいへん喜ばれました。上品な味ですごくおいしかった。また買いたい。
自分へのお土産は氷見産のハトムギ茶、白エビのせんべい、ケロリンのバスマット。そう、富山といえば薬である。レトロなパッケージの薬が色々売られていて大いに興味をそそられたのだけど、思いっ切り存在感を放っている「テルマエ・ロマエ」のルシウスのパネルのインパクトに負けて結局ケロリングッズを買ってしまった(笑)。やはり定番の桶だろうとは思いましたがトランクに入りそうになかったし、ちょうどバスマットがもうボロボロで新しいのが心底欲しかったので、そちらにしてしまいました。目にも鮮やかな黄色(笑)。実家へのお土産もケロリンのボディタオル(笑)。
ハトムギ茶は自分の体に良いかもしれないと聞いて藁をも縋る思いで買ってみた。良いハトムギ茶知ってたら教えてください。私はどうやらハトムギ成分がよく効く体質のようなので(以前ハトムギ成分の漢方飲んでしつこかったイボが綺麗に消えた経験あり←イボはウイルス性なのでうつりやすい人は自分の体にできたやつからどんどん勝手にうつるらしい…)もしかしたら良い働きをするかもしれません。…残念だけど、もうあまり楽観視できる状況じゃないんだ。藁に縋ってでも健康な身体に戻りたいですよ…。

お土産物屋のあるフロアの薬膳カフェで昼食。Aさんは薬膳カレーを、朝食の食べ過ぎでおなかいっぱいだった私は薬膳アイスを注文。
薬膳アイスはコーンフレークみたいなのの上にのった3種類のアイスとお茶のセット。お茶にはクコの実が入ってて、スプーンですくって食べてくださいとのこと。アイスとは言えなかなか食べ応えがあり、満足。このお店はあらかじめ旅行ガイドでチェックしてたんだけど、アイス美味しかったしちょっとしたヒットだった。フロアはガラガラなのに、このお店だけ席いっぱいなの(笑)。ちょうどお昼時というのもあったのでしょうが。

駅のお土産物屋にも職場体験の子供たちの姿が。一斉にやってるのね。金沢まで新幹線が開通するため駅は工事中で、たぶんお店も全部は営業してなかったんじゃないかなあ。
駅の待合室に「銀盤」というお酒の広告がかかっていて、日本酒が大好きだったら買うのになあ、と残念に思う←日本酒は大の苦手だがそれ以前にどうも酒全般あまり身体に合わない様子。無念…

Aさんは東京方面の特急に乗って帰られ(途中で新幹線に乗り継ぐそうです)、私は行きと同じくサンダーバード。自由席なので最終の新幹線に間に合いさえすれば何時の便でも良いのである。行きは体調不良でグッタリしていたのと手紙が書けていなかったせいか思ったより早く着いた気がしたけど、帰りは随分長く乗ってるように感じた。新大阪で新幹線に乗り換え一路広島へ。こうして富山の旅もあっという間に終了しました。
体調が悪くてほとんど観光できなかったのがとても残念でしたが、スタバとか薬膳アイスとか城とか路面電車とか、最低限のポイントは押さえたのでまあ頑張った方でしょう(笑)。ケロリングッズも買えたしね。

…というわけで、執筆におよそ3ヶ月かかった富山日記も終了です。既に半年近く前の出来事なので記憶がろくにありません…。フィナーレとか絶対色々あったのに(泣)。日々がただ家と仕事の往復で、体調もよろしくなく、色々な意味で書く元気が湧かない…というのが大きかったかもです…。スマホの不調でメールデータすべて消滅、というアクシデントもあったし(泣)。
このあと一週間も間を置かずに新潟に旅立っているのですが、それについてはもはやこのまま闇に葬られる可能性大…。だってもう長野と神奈川への旅が控えている(汗)。万が一書き上げた暁には読んでいただけたら幸いです。

ー終ー


2017年追記:
新潟も一応書き上げたのでそのうち掲載いたします(笑)。この頃から体調の悪化と忙しさが顕著になって、執筆にかける気力が失われつつあったのです(泣)。いや書きたいんだけど、疲れて寝てしまい時間も全然取れず、という状況でした。時間が経てば経つほど忘れていってますます気力が失われる、の悪循環…。この頃から狂い始めたリズムは現在に至るまで続いており、それを元に戻すのが残り少ない今年の課題です。このブログを始めてしまったのも原因なんだけどね、さすがに年単位で書けてないレポートが溜まってるってまずいでしょ(泣)。全部自己満足で誰が待ってるわけでもないけどさ、書きたいと思ったことは諦めずに書いてしまいたい。自己満足でしかないのであっても。

ちなみに私、ブログの文章も含め、長い文章は全部メールで書いてます。それを下書き保存しといて、コピーしてブログに載せてるわけです。いつでもどこでも開けるし修正も簡単なので重宝してる方法です。しかしこの頃は、機器の不調でデータが勝手に消滅してしまうことが何度もあり、幾度となく苦労が水泡に帰していたのでした…。こまめなバックアップはたいへん重要ですね(泣)。

富山楽しかったなー。また行ってみたいです。ここ数年でいちばんびっくりしたかも、という出来事もあったりして、いい印象が強いのですね。
しかし、新幹線開通の影響により、富山まで直通のサンダーバードはもう運行してないっぽい?うーん、ますます西から北陸へ出向くのは面倒になりますね。アイスショーも競技も少ないし、どうせ西日本ですよふーんだ←意味不明

Fantasy on Ice 2014 in Toyama⑫

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓usagipineapple.hatenablog.jp

 

再びコラボレーションプログラム。毎回コラボを披露してくれるペシャラ&ブルザが今回も。曲は「The Prayer」。
フィギュアスケートでは人気の曲ですよねこれ。メロディの美しさも手伝って、とても見応えのあるプログラムでした。
出だしで二人が氷の上に寝そべってるんだけど、ペシャラはともかくブルザの背中が氷で濡れてシャツが思いっ切り透けてて、ブルザファンクラブとしては目のやり場に困るって程でもなかったですが多少困りました←意味不明

そして最後のスケーター。堂々の登場、オリンピック金メダリスト、羽生結弦
ペシャラ&ブルザに引き続いてサラ・オレインの生歌での滑走。曲は「The Final Time Traveler」。ゲームの曲らしいです。

今までの羽生君のコラボプログラムの中で、一番かもしれないと思うくらい羽生君に合っていた。大きな襟の白いシャツを纏った羽生君は少年から青年へ時を移し終わりかけた、硝子のような儚さを未来への瑞々しい希望が溢れるその手のひらにほんの少し残したような、青春時代を歩み始めた若者そのものだった。
少女のようにも思える外見に純粋に勝利を求める修羅の心を秘めた羽生君。その激しさはこのプログラムでは顔を出さない。氷に全身全霊をぶつけていた羽生君が、精霊のように軽やかに舞っていた。彼が新たな時代へと踏み出したことを、色んな意味で感じ取れるプログラムでした。
全然知らない曲だったけど、サラの歌声が非常に美しく、いわゆるカバー曲ではなかったこともあって(この曲だけだったんじゃないかな)、サラの想いみたいなものも明確に歌に乗っていて、とても素直に歌が心に入ってきました。羽生君の最後の少年の時を名残惜しむように、その歌声は彼の黒髪に、指先に流れていました。何と表現したらいいのかわからないけど、氷の結晶から鈴の音が響いているような、そんな清冽な空気が会場に満ちていました。

特別な時間は瞬きする間に過ぎ去ってしまいます。ついに演目はフィナーレへ。
イントロが流れただけでざわめく会場。そう、フィナーレの曲は今年大ヒットした「アナと雪の女王」の主題歌でした。もちろん歌うのはサラ。みんなよくあれだけでわかるなあ。私サビ以外知らないよ(汗)

白い衣装に身を包んだスケーターが、次々とリンクに現れます。安藤さんの髪型は映画の登場人物に合わせてあるのかしら?
思いっ切り盛り上がってから、曲はいつもの周回用の音楽へ。何度も何度も聞いているのですがいまだにタイトルがわかりません(笑)。

とにかく席が近かったので周回時のスケーターは皆表情までよく見えたし、ステファンは挨拶でかーなーりー近くに現れたりもしたのですが、近過ぎるせいか一瞥もくれませんでした(泣笑)。ライブ等では前から5列目くらいがいちばん視界に入りやすいという噂である。ホントかどうかは知らん。
最前列の人となんか喋ってるのも見えたんですけどね。お知り合いなのか?たぶんその人たちがジョニーに花輪を渡してるところも見えました。いつも最終公演のフィナーレでジョニーはいつの間にか花輪をかぶっていたのだが、渡していたのはこの人たちだったのかな。毎回最前列とは羨ましい…。
いやあ、とにかく近かった。ステファンのメイクが濃いのがハッキリわかるくらいに(笑)←元々濃い顔なのにあのメイク必要だろうか。町田君あたりならわかるんだけど←彼急激にメイク巧くなった、何故?

フィナーレのジャンプ大会は今回はしっかりありました。羽生君はなんかすごいの跳んでて会場が大騒ぎだった。どうも4回転ループだの4回転ルッツだのにチャレンジしたらしい。成功はしてなかったけど、なんかすごいの跳んでることだけはわかった。近い席やっぱりすごい。今回コレばっかりだけど、ホントに迫力が違ったのですよ。
最終公演ではいつもの記念撮影も。ステージと正反対の席なのでハッキリわからなかったけど…。あれはジェフだよね?あんなに大好きだったジェフを肉眼で見るのはまだこれで2回目。滑ってる姿じゃないのは残念だけど、やっぱり嬉しかったなあ。ヤグディンなんてたった1回だけどね。誰よりも大好きだったけれど、あの頃の私には今以上にお金がなかった…

確か幕張じゃなくてこの富山でのことだったと思うけど、袖にはける際に羽生君は汗を拭いたタオルをステージ横の客席に放り投げていました。客大歓喜(笑)。あのタオルどうするんでしょ。気持ちは痛いほどわかるけどそのうち洗った方がいいと思うよ(笑)。

そんなこんなでものすごく盛り上がって富山公演は終了。いやはや、遠かったけど来て良かったです。最高のバカンスになりましたわ。

以下次号。

Fantasy on Ice 2014 in Toyama⑪

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓usagipineapple.hatenablog.jp

 

ここで再びサラ・オレイン登場。コラボレーションするスケーターが誰なのかを知った時、一気に緊張が身体を駆け抜ける。
そう、今から滑るのはステファン・ランビエール。コラボレーションということは、必然的に新しいプログラム。しかも日本限定の。この時点で富山公演は全国での放送予定はなかった。絶対に見逃すわけにはいかない。

曲はニュー・シネマ・パラダイス。サラの柔らかな歌声と優しいピアノの音。セピアに彩られた街の風景が見える。少年の頃の思い出。遠い故郷を懐かしむ老人の背中。変わらない街角がそこにあり、でももうそこに懐かしい人はいない。少年だった自分が、もうどこにもいないように。色褪せた写真が風に舞う。
そんな情景が浮かぶような、郷愁に満ちたプログラムでした。ステファンは本当に、手に入らない何かを求めるような演技をさせたら抜群に上手い。今回のそれは過ぎ去った青春、とでも言うのだろうか。そもそも私は、ステファンの演技に懐かしさを覚えることがしばしばある。何だかんだと私もフィギュアスケートを真剣に見始めて12年程経つけれど、過去のスケーターに彼の演技を重ねてそう思うわけではないのは確かだ。そうではなく、もっともっと胸の奥の、自分すら覚えていない何かを呼び覚ますような、そんな抗い難い懐かしさなのである。

しかしステファンが今回表現しようとしていたのは「愛を探しているイタリアの田舎の少年」だそうなので、私が心に浮かべた情景とは全然違う。違うんだけど、その少年は愛を手に入れられたのだろうか。求めても得られないまま、歳月を重ねてしまったのではないだろうか…。ステファンの演技の真骨頂は、この狂おしい程の切なさだと思う。本人が意識しているかどうかは知らないし、そう思っているのも私だけかもしれないのだが、私はそう思う。卓越した音楽表現も、演技の引き出しの多さも魅力的だけれど、私がステファンに最も惹かれた理由はたぶんこれなのだ。私の感性が本能的に求めている何かが、ステファンの演技にはあるのだ。
久し振りにその硝子のような切なさの片鱗を感じる、そんなプログラムだったと思う。もっとこの系統のプログラム滑って欲しいんですけどね。切ない音楽で滑ればいいというものではありません。ステファンと同じ「質」の切なさを持つスケーターを私は知らない。そもそも「切なさ」という表現が的確なのかもわからないのですが。

日曜日の昼公演の演技がいちばん良かったかな。白いシャツに刺繍?の入った黒のベストで、一応見たことのない衣装でした。昨年AIとコラボした時の衣装は思いっ切り使い回しだったけど(笑)。まあ、この夏限りのプログラムですからね。

そして再びフェルナンデス。コラボレーションプログラムではなく幕張でも披露した今期のショートプログラムでした。やっぱりかっこいいですねこのプログラム。競技見るの楽しみだな。

安藤美姫。やはり幕張でも披露した「Say something」。日曜日の昼公演だけ違うプログラムだった気がするんだけど、んでそのプログラムすごく良かったのに思いっ切り転倒しちゃってスタオベしそびれたような記憶があるんだけど、もう完全に曖昧ですみません(泣)。

高橋大輔。彼も幕張で披露した「I'm kissing you」を再び。うむ、明らかに幕張よりいい演技である。滑り込んで段々味が出てくるんですね。髪型がものすごく不思議で(片方だけ刈り上げてたと思う…)気になって仕方なかったのは許してください(笑)
どのタイミングだったかは忘れちゃったけど、土曜日の夜公演には近くの席から「たかはしー!」という野太い男性の叫び声が聞こえていました(笑)。ショーの間2回くらい叫んでたかな?(笑)かなり気合い入った声だったんで、ほかの公演にも現れないかなあと期待したがあの時だけだったらしい。男性ファンの存在は嬉しいって高橋君も言ってたし、きっと彼は喜んだんじゃないでしょうか。「大ちゃーん!」っていう女性の黄色い声はしょっちゅう聞くけど、「たかはしー!」は我々にもかなり新鮮だったと思います(笑)。

以下次号。

Fantasy on Ice 2014 in Toyama⑩

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓usagipineapple.hatenablog.jp

 

第二部はナム・グエンから。彼はこの富山公演だけの出演。グエンだったっけ。ニューエンじゃなかったっけ。外国人の名前の読みは難しいな。某ランビエールもロンビエルだったりしたこともあったっけな。

大きくなったよねえ。バンクーバーエキシビションで滑ってたこと覚えてる人どれくらいいるかな。今回の演技はもうほとんど覚えてなくてごめんよ(泣)←だってもう半年近く前…

続いて今井遥。えっ、遥ちゃん後半でも滑るんだ。幕張に比べたらスケーター少ないもんね。
新しいエキシビションナンバー。どうやら遥ちゃんは魔女らしい。黒と緑の2色で構成された衣装。鮮やかな黄緑に襟や手袋が黒で、可愛らし過ぎず落ち着き過ぎず、今見るととても素敵なのですが、正直富山ではイマイチに感じました。遥ちゃんの衣装はいつもハイレベルなので、どうしてもジャッジが厳しくなりますね←お前のジャッジなぞ要らん

最後にステッキから現れるお花。うん、手品も魔法もマジックよね(笑)。この最後の演出までも可愛らしくて、また見たいなあと思うプログラムでした。

大御所登場。フィリップ・キャンデロロ
もう何度見たかわからなくなってきた三銃士ですが、何度見てもやっぱりいいな。幕張ではヘルニアの手術後だったんだっけ?、ちょっと無理してる感じでしたが、富山ではそんなこともなかったし。ジャンプも以前より跳べてたと思う。こんなに近い席でこのプログラムを見るのは初めてだったので、迫力も違ったのかな。全方向のお客さんを楽しませようとしてるのも伝わってきたし。これぞエンターテイナーだなあ。
座席の位置的に恒例の客いじりがあまりよく見えなかったけど、きっと絶好調だったと思われます(笑)。

カッペリーニ&ラノッテ再び。黒一色のシックな衣装。カッペリーニのスカートがとても可愛かったと思う。新プログラムだったとのことです。もう覚えてなくてすみません(泣)←今回こればっかりです

織田信成も再び。どうやらほとんどのスケーターが前半も後半も滑るらしい。1プログラムだったのはヤキメンコ、ナム君、キャンデロロくらいでしょうか。

衣装見て叫びそうに。パジャマだー!めっちゃ懐かしいあのプログラムか!
ニワトリの鳴き声から始まるこのプログラム、織田君のコミカルな部分がよーく出てて、軽快でとても楽しい。あの美しいジャンプも堪能し放題。ていうか織田君キレッキレ。どうして引退しちゃったの。全回スタオベ。織田君はリンクを端まで使うようで、ホント間近で堪能し尽くせて最高だった。富山の座席は織田君席でもあった。いやあ、本当にいい席だった。ちょっと端っこ気味だったけど、でも十分。
それにしても織田君、このプログラムに衣装だとホントに高校生くらいにしか見えない(笑)。

ジョニー・ウィアー。幕張でも滑ってたインド風のプログラム。
幕張より断然良かった。まだまだ私生活は揉めてるようだけど、段々吹っ切れてきたのかな、という感じがしたし、プログラムも手直ししてきたんじゃないのかな。動きもずっとしなやかになってました。

ジョニーもここでエアリージャパンと共演。やっぱりリンクもステージも見るのは厳しかったんだけど、インド映画っぽいゴチャゴチャした音楽にこの演出はすごく合ってたような気がする。もう少し違った見せ方でこのコラボレーションを再びやって欲しいかも。

鈴木明子。目にも鮮やかな黄色の衣装。飾りや模様が黒で、女王蜂と言うか揚羽蝶と言うか、危険で気高い生物といった感じ。よく似合ってますね。
この曲なんだっけ、有名なクラシック。鈴木さんの「毒」みたいなものがいい感じに出てたと思う。彼女もまだまだ現役でいけたんだろうなあ。観客も沸いてました。

以下次号。