うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

Fantasy on Ice 2014 in Toyama②

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓usagipineapple.hatenablog.jp

 

ホテルの予約は早めに済ませていたものの、新幹線と特急の切符は直前に買いました。時間もお金もなかったんですよね(泣)。東京往復便のような割引切符があるわけでもないし、訳あって自由席なので急ぐ必要もなかったのですが。

そんなこんなで出発当日。実はこの日も出勤でした。土日がちょうど休みだったので、前日の金曜日に夏休みを入れて連休にするはずが、人手不足のためどうしても午前中は休めなかったのです。
でも、それだけならまだどうにでもなりました。最悪なことに、私の持病がこの日、悪化のピークを迎えてしまったのです。
本来なら仕事に行けるような状態ではありません。立ち上がるのすら辛いのだから。無理をしようものならその後も影響が出てずっと苦しむことになるし、本来ならば休むのが正解。しかし、そもそもどうしても休めないので半日しか休みが取れなかったのだし、しかも遊びには行くけど仕事は休みます、なんて理屈が通るはずもない。這ってでも出勤するしかありませんでした。
…そう、富山行きは何としてでも敢行するつもりでいたのです。当日キャンセルして宿泊料全額払うくらいなら根性で辿り着いてホテルで寝てる方がマシ。平日の方が交通機関も混まないだろうし。行かないという選択肢はハナっからありませんでした。どうせ明日になっても体調が良くないままなのはわかりきってたし。

しかし、私の体調不良は本当に絶望的に不良なのである。出発前から虫の息だったけど、駅までの道のりで完全に瀕死。実は「動くこと」がものすごく不調を悪化させるのです。歩いたりしゃがんだり、何というか二本の足で体を支えてる状態そのものがもうダメ。それを動かすともっとダメ。なので、出発前は我慢できる範囲でも職場に着く頃には息も絶え絶え、なんてことはしょっちゅう。通勤時間が長くなった(片道1時間半から2時間)のはだからとても辛い。着替えるだけでも大変なのに、最低30分、日によっては45分も早く家を出なければならなくなったし、それだけ朝早いとどうしても駅まで急ぐので…、ものすごい体には負担…。まあ、本当にどうしようもない時は座ってても寝ててもどうしようもないんだけど。歩ける状態ならまだマシ。これでマシって、っていうレベルでもまだマシ。壮絶だなー←他人事

やっとの思いで駅までたどり着き、よろよろと電車に乗り込む。さすがに通勤時間帯、空席はなし。でもとても立ってなどいられないため、とにかくそのあたりにしゃがみこむ。人目など気にしてる場合じゃない。
突然、誰かが肩を叩いた。近くの席に座っていたサラリーマンが席を譲ってくれるらしい。た、助かった…。ありがたく座らせてもらいました。やっぱりしゃがんでるのと椅子に座れるのとじゃ体への負担が全然違う。しばらくは唸り続けていたけど、そのうち多少落ち着いてきました。多少だけどね。
たいてい譲ってくれるのは女性なんだけど、男性だったのは初めてだな。そんな何度も席譲ってもらってんのかい、と言われてしまいそうだが、そんな状態でも出勤しなきゃいけない状況が何度もあったってことだよね。正社員並みに働いてバイトレベルの待遇、頼れる身内もいない上この体の不調…。そのうち気が狂うんじゃないかなあ、って最近思うようになった…。

瀕死ながらもどうにかこうにか職場に到着。しかし、よっぽど顔色が悪かったのか、いつものん気な感じの上司まで、体に負担のかかる一部の業務はしなくていい、と言い出す始末。そんな余裕なくて自分では見たことないけど、死人みたいな顔色らしいですよ←他人事
お言葉に甘えて、座ってできる仕事を淡々とこなす。仕事はいっくらでもあるからな。忙しくなってくると、しなくていいと言われたこともしなくちゃいけないんですけどね、結局。

そうこうしているうちに業務時間終了。やれやれどうにか保った(泣)。
さあ、早速帰らねばならない。ぐずぐずしていると今日のうちに富山に辿り着けなくなってしまう。大袈裟だけど、何があるかわかんないわけだしさ。
へろへろと帰宅し、急いで着替えて荷物を準備して、新幹線の駅へ移動。たぶん無理だろうけどこれに乗れたら万々歳、と思ってた新幹線に間に合った。良かった、これでだいたい予定通り富山に着ける…!一時はどうなることかと思ったよ(泣)。

とにもかくにも、いよいよ富山へ出発です!以下次号。

Fantasy on Ice 2014 in Toyama①

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓usagipineapple.hatenablog.jp

 

2014年のファンタジー・オン・アイスツアー第2弾の舞台は富山。アイスショーの開催は初めてだという富山県に、私も初めて行って参りました。もう3ヶ月以上前のことですっかり忘却の彼方状態なのですが、どうにか記憶の糸を手繰り寄せて綴っていこうと思います。

富山での開催が判明したのは、確か今年の元旦だったかと記憶しています。富山の新聞に大きく記事が載っていたという情報が流れてきたのです。新聞はショーの開催とともに翌日のデパートの初売りでチケットの先行販売が行われることも報じていました。
初売り当日は長蛇の列だったそうです。某ファンクラブ用に確保しておかねばならないのであろうプレミア席以外は、購入枚数に制限もなかったようでした。

これは…うかうかしているとチケットが手に入らないんじゃないだろうか。だって、あまりの人気に全3公演の予定が1公演追加され4公演になったって話ですよ。大丈夫なのこれ…(汗)

しかし、必死の祈りが通じたのか、申し込んだ3公演すべて第1希望のSS席で当選。漏れ聞こえる話からして、今回はさすがにちょっと心配していました。ああ良かった。

まだ増税前なのに何故かもう手数料が8%で計算されていた某プレイガイドに聞きたいことは色々あったが、なかば諦めていたチケットが手に入ったので良しとする。最終公演だけ買ってあとは当日券で何とかするつもりでいたけど、その作戦は間違いなく成功しなかっただろうな(後述)。一般発売後でも余裕で何とかなってたあの頃がもはや懐かしいとは…とほほ(涙)

あとは交通機関と宿泊先の手配。予算の都合等々があり初回公演は先行で申し込まなかったのですが、とは言ってもできれば全公演見たい。それに富山の観光もしたい。よって、前日入りすることに決めました。そもそも我が地元から富山は最短でも5時間はかかるのです。当日出発だとかなり慌ただしい。
最終公演は夜に行われるので、その日のうちの帰宅は不可能。よって3泊4日。今年のバカンスは富山に決定。

経済事情も厳しいことだし、高速バスを乗り継いで往復するつもりでしたが、色々調べてみると、新幹線と特急の乗り継ぎ(これが最短)でも思ったほど高くない。乗り継ぎ割引でサンダーバード特急券が半額になることと、広島と富山は相当な距離があるため往復割引が適用されることによって、結構な金額が割り引かれるのです。高速バスの移動時間の長さによって発生する、入浴施設や飲食店等の利用の必要性とその料金を考えれば、素直に最短ルートを利用することが今回は得策だと思いました。体調も心配でしたし。

宿泊先は候補をふたつに絞ったはいいのですがそこからなかなか決められずにいました。
候補のひとつは会場にも駅にも近いという、立地が魅力のホテル。価格もそこそこ手頃。もうひとつは城の近くの高級ホテル。

…出た、城(笑)。コイツホントに城が好きだよな(笑)。大阪も福井も城の近くのホテルをわざわざ選んでたのを覚えてる人もいるかもしれませんが忘れてください(笑)

城の近くのホテルはひとりで泊まるにはかなりお高いホテルだったのですが、Aさんがこのホテルへの宿泊を希望されていたので、ご一緒させていただくことになりました。申し込みもしていただいて、さらに立て替えていただいて、本当にもう東に足を向けて寝られません…。毎日拝んでおります…。
面倒だし金曜日の宿泊もここにしてしまおうと思ったら、何故かシングル満室。仕方ないのでもうひとつの候補のホテルを予約しました。ここも確か土曜は予約が取れなかったので、同じホテルに3泊はどっちにしろできなかったということになりますね。

※ここで幕張旅日記の訂正です。アクロバットペアの白鳥のプログラムですが、白鳥の湖ではなくて瀕死?の白鳥でした。湖じゃチャイコフスキーだ。サン=サーンスの方だったはず。←修正しました(2017年追記)
フィナーレでのオマケもやっぱりちょっと行われてたと思います。ステファンがヴォロソジャールとデススパイラルに挑戦したりしてましたし。ステファンはペアの選手ではないのでお上手とは言い難かったですが。でもやはりいつもよりは時間が短かったような。←こちらは修正してません、すみません(2017年追記)

以下次号。

間違えてもやり直せる、どこかよりも優しい銀世界

お題「好きなゲーム」

お題と関係なく書いてたつもりだったのですが、ちょうど良さそうなのがあったので、お題のつもりで投稿します。どっちかと言うとクソゲー好きという救われない人間のわたくしだが(笑)、今回は掛け値のない名作に触れるから安心してください(笑)。って、心配しなくても誰もクソゲーの記事なんて読んでないだろうが(笑)。そして本当に好きなのはやっぱりクソゲーなんだけど←黙れ(笑)

色々ものを考えるのが嫌だったのと、食べるものが全然なくて空腹をごまかすために、久しぶりにゲームを引っ張り出してきた今年の夏。こんな時のゲームはたいへん優秀な頭の暇潰しになりうる。

と言っても、家にあるゲーム機はプレイステーション2ニンテンドーDSのみ。どちらも兄弟のお下がりである。DSはくれたとは言ってなかったかもしれないが(笑)もう1台持っているか上位機種を買ったか何かでもう不要らしい。
どちらのハードもゲームソフトがささりっぱなしだったが、どっちも遊んでない。おそらくこの先も遊ばないであろうその2本はとりあえず無いものとして話を進めると、プレステは友達が引っ越し祝いにくれた「街」しかソフトを所有しておらず、街専用マシンと言っても過言ではない状況。「街」は大変な名作で、このブログでもそのうち語ろうと思ってもいるし、それならせっかくだしこれを遊ぼうかなと考えたのだが、以前やはりそこそこ暑い時期にプレイした際に、ずーっと座りっぱなしでろくに食事もとらずに遊び続けていたところ、尻に凶悪なあせもができて、あせもっていうかなんかもう傷みたいになってしまい大層痛かった、といういい大人とは思えない思い出があるため却下(笑)。…馬鹿に馬鹿って言う奴は自分が馬鹿なんだぞ←小学生の理論

てなわけで選択肢は自然とDSに絞られる。ゲームは寝っ転がってだらだら遊ぶのが基本ですよ←そうか?
しかし実はDSソフトなど我が家には存在しない。ゲームボーイアドバンスのソフトしか持ってないのである。アドバンスのソフトがDSで動くのはたいへん便利で、どっちかと言うとアドバンスのソフトを遊びたくてDSを起動してるようなものです。DSのソフトって1、2本しか遊んだことないかも…。
で、所持しているソフトというのが、「うしろに立つ少女」と「かまいたちの夜」。もう1本「消えた後継者」も持っていて、実はそれを遊ぼうと思っていたんだけど、何故か行方不明。どこやっちゃったんだろう。きちんと分類して片付けてる方なんですが…。おかしいなあ。

そんなわけで2択しかない。夏だし「うしろに立つ少女」かな、と思っていたのだが、気が付いたら「かまいたちの夜」をDSに差していました。そうね、時間を忘れるならこっちの方がいいかもね。

そんなわけで、数年ぶりに「かまいたちの夜」をプレイ。このゲームボーイアドバンス版を遊ぶのは3回目かな。

かまいたちの夜
非常に人気のあるタイトルなので、聞いたことのある方も多いでしょう。
発売はチュンソフトから。もう20年以上前になるのですかね。
吹雪の夜、スキーを楽しむために訪れたペンションで起こる殺人事件。果たして真相は…。

以下、気をつけて書くようにしますがそれでもネタバレになるかもしれないし、ひとつだけどうしてもネタバレになることを書きたいので、気になる方は読まない方がよろしいかと思われます。すみません。

このゲームを初めて遊んだのは友達の家にあったスーパーファミコン版。その友達にはサウンドノベルの草分け的作品「弟切草」を遊ばせてもらった、というか強引に遊ばさせられた(笑)過去があり、それがサウンドノベルとの出会いでした。サウンドノベルは、いわば「ゲームブック」に映像や音楽をプラスしたもので、様々な選択肢を選ぶことで様々な結末へと物語が分岐していきます。小説であれば結末はひとつしかありませんが、複数の可能性を体験できるというのはまさしく「ゲーム」ならではであり、その可能性にたどり着くためにはどうしたらいいのかを探るのもまさにゲームとしての楽しさであって、かつて紙のゲームブックを楽しんだ子供だった私にはとても面白いジャンルでした。
弟切草」はどこか哀愁を帯びた音楽と雰囲気が魅力的で、友達と一緒に楽しく遊んでいました。友達がまだ見ていなかったらしいエンディングを私が出してしまい、しかもどうやらそれが真のエンディングだったらしいことに気付いた時は申し訳ない気持ちになりましたが(汗)、友達はあまり気にしてなかった気もします。じゃなきゃオールクリアしてないのに遊ばせてくれないよなあ。その友達は自分が面白いと思ったものをどんどん勧めてくるタイプだったのですね。

弟切草」が大好きだったらしい友達は、当然のようにサウンドノベル第2弾の「かまいたちの夜」も購入。私はスーファミを持っていなかったので、友達の家に遊びに行く度に「弟切草」同様これをわいわいとプレイしていた時期がありました。犯人がわかっていたのに、名前入力でふざけてしまい、悲惨な結末を迎えてしまったのが最初に見たエンディングだったと思います(泣笑)。最後に出現する某シナリオなんて、友達は既にエンディング見てたのか見てなかったのかわかんないけど私に遊ばせてくれて、あっさりとハッピーエンドにたどり着いた時は「よくわかったね」と褒めてくれました(笑)。弟切草同様、友達が見てないエンディングを私が見てしまったのならごめんなさい。でもやっぱり奴は気にしてなかった気がする(笑)。

その後、プレイステーション2で発売された「かまいたちの夜2」もプレイ。これは兄弟が買ってきたので、自宅で遊び続け3日くらいでクリアしました。ゲームが気持ち悪すぎて早く終わらせたかった(泣)。凄惨な事件が発生してもそれなりの品はあった前作と大きく異なり、ひたすらグロいだけのシナリオばかりで、もう二度と遊びたくないです(泣)。こういうのが好きな人は楽しかったでしょうけど…。映画でも漫画でもそうですが、ゲームのリメイクや続編というものはたいてい悲惨な結果に終わるのですけど、このシリーズもご多分に漏れずそうだったようですね(泣)。「かまいたちの夜3」も遊びましたが、もはやどんな内容だったかすらも覚えていないです(泣)。

ところで、その「かまいたちの夜3」には一作目のメインシナリオも収録されていたのですが、それを遊びながら、そう言えば結局1だけはオールクリアしてないよな、と思い至り、いつか購入してプレイしよう、とぼんやり考えていました。どうせならごろごろ遊べる方がいいから買うならゲームボーイアドバンスかな、とゲームのお店に行く度に探しましたがなかなか見つからず、箱も説明書もない中古をやっと発見したのは数年後。念願叶ってようやくオールクリアできましたが、2と比べるとこれ別のゲームかな、と思うくらい面白かったです(泣笑)。もうね、2がホント気持ち悪すぎて、とにかく記憶を上書きしたかった(泣)。

弟切草」で顕著だった、ストーリーの繋ぎの不自然さもほとんどなかったし(ゲームシステム上あの破綻ぶりは仕方なかったのかもしれないが…。よくわかんないけど)、ミステリーらしく展開には整合性があって、バッドエンド行きの展開に事件解決のヒントが含まれているあたりなどもゲームならでは。さすがミステリー作家のシナリオ、たいへんよく練られています。サブシナリオも無理のない展開で、ギャグシナリオもしょうもなくて楽しい。もしスーファミ版発売時に自分で買って遊んでいたら、あの「暗号」を躍起になって探したんだろうなあ。文字を読む楽しさ、そしてゲームを遊ぶ楽しさ。その両方が味わえるなんて、私にはうってつけのゲームだったと言えます。

このゲームボーイアドバンス版にはスーファミ版にはなかったフローチャートが。これのおかげでプレイ時間が大幅に短縮できたのでは。それでもすべてのチャートやエンディングを埋めるにはそれなりに時間が必要なので、それが目的でプレイするわけです。とにかく全部埋めるまで集中する。そうやって空腹やら余計な不安やらをごまかすわけですね(泣)。
つまらないゲームであれば逆にストレスになったりもしますが、再プレイに耐える面白さとちょうどいいボリューム(2日もあれば終わる)、「金のしおり」になればコンプリート、と明確な目標が設定できる、寝ながらでも遊べるので体力が落ちていても大丈夫。これらの条件が揃ったゲームボーイアドバンス版「かまいたちの夜」は、私なりの「頭のリセット」手段としてこれまたうってつけなわけです。

そう、長いゲームはもうやる気がしない。って言うか無理。何故なら私はコンプリートするまでやり込むタイプだから。いわゆるロールプレイングゲームにおいて、宝箱を全部開けないと気が済まない奴と残して先に進めても平気な奴のふたつに世界は分かれるが(そういうことにしておいてください)、私は完全に前者です。時間がそれなりに確保できた子供の頃ならともかく、社会人になった今は正直きつい。ゲームの続きが気になって仕事に集中できなくなるのはまず過ぎる(泣)。

また忘れた頃に、そして何も考えたくない時に遊ぼうかなあ。もう一度遊びたいと思ってるゲームはいくつかあるのだけど、ハードが手元にないんですよね。ソフトもないけど。実家を発掘すればあるはずだけど、足の踏み場もないのにどうやって…(泣)。昔は帰省の度に片付けていたけど、どれだけ掃除してもその隙間にガラクタを詰め込み、挙げ句の果てに「お前が片付けたから大事な物がなくなった」と逆ギレされて、一切手を出すのをやめました。そんな大事なものなら自分で管理しろ。てか私触ってないんですけど。…これもんのネタが掃いて捨てるほどあるのですが、情け無さすぎて結局当たり障りのないことしか書けてないですね。当たり障りのない範囲ですよ、これでもね。私の人生って何なんだろう?バッドエンドルートしかない、超難解で救われない選択肢の連続だったさ。

なんかうまいことゲームに繋げたが(笑)、最後にネタバレバリバリの疑問点を記させて欲しい。
金のしおりになっても、フローチャートの126と127が埋まらないのは、容量の都合でカットされたシナリオがあるから、でファイナルアンサーなのでしょうか?それとも私が見落としてるだけ?微妙に数字が抜けてるのが何ともスッキリしないんですが(泣)。

そうそう、長野に何度かフィギュアスケートのショーを見に行ったことがあるんだけど、ホテルを探していて「クヌルプ」の名前を見つけた時はハッとした。「かまいたちの夜」の舞台となったペンションには実在するモデルがあって、それが長野県にある「クヌルプ」というペンションなのだそうです。ゲーム同様、雪深い季節に泊まってみたいものです。…ビッグハットに行くために利用するのは完全に間違ってるのでそれとは別の機会に(笑)。

夏休みの遠いさよなら

小学校1年生か、2年生のどちらかだったと思います。私の記憶が正しければ、1年生の時だったはずです。

その年の夏休みの登校日、転校生がやって来ることが告げられました。二学期になったら、女の子が一人増えるそうです。
その女の子は既にこの土地へ引っ越してきていたようで、登校日に姿を見せました。まだ制服が無かったのか、私服で現れた少女は、初めて出会う人々や初めての場所に緊張したのでしょう、教室に入ってこれず、入口で泣いていました。
自分も引っ越してきてあまり間がなく、しかも当時既にいじめられていたはずの(その頃のことをあまり覚えていないのです)私は、慣れない環境がさらに変化することに戸惑いながらも、その子と仲良くなれるかなあ、とぼんやり考えていたような気がします。その頃の私には友達が一人もいなかったのです。

夏休みが終わりました。
二学期の教室に、その子の姿はありませんでした。

急な病のために亡くなっていたのです。

その子の患ったと言われている病気は、当時でも死に至ることはまれであるという印象の強い病でした。子供だった私にはよくわかっていなかったのですが、母の口ぶりからではそうでした。実際に、その病で亡くなった人を、私はその子以外に知りません。
でも実際には、発見が遅れるとかなり危険な病であったようです。そう言えば、私も中学生の頃に実はかかったことがあるのですが、1日放置したため随分医者に怒られました。その子の場合は、噂によれば医者の誤診だったという話でしたが、早急に適切な治療が施されなかったために、最悪の結果になってしまったのでしょう。しかもその子はまだ6歳か7歳、体力なども低かったでしょうし。

ただ、これらの話が真実かどうかははっきりしません。情報源はすべて母でしたが、母はわりといい加減な話をする上、自分が悪だと思った存在はとにかく徹底的にこき下ろすからです。その病院はあまり評判の良くない病院だったようですが、私の家族はそこを利用したことはなかったはずで、「オバサン」たちの噂話に過ぎないものを盲目的に受け入れた可能性は高く、実際母はそういったものを深く考えずに信じる傾向にありました。なので、誤診だったという話が本当だったかはわからないし、そもそも本当にその病気だったのかも今となってはわかりません。私もまだほんの子供で、母の話を正確に判断することはできませんでした。

でも、その子はもう学校へは来ない。
絶対に来ない。
それだけは、動かせない事実で、唯一の真実でした。

たぶん、2年生の時だったと思いますが、誰かがその子の話を担任に提出する日記帳にでも書いたようで、その子のことを忘れないでいてくれて嬉しいと、担任が泣いていたことを今でも覚えています。そんなに簡単に、人は人のことを忘れてしまうのかと、先生の涙を見ながら私は思いました。

教室の入口で泣いていた少女は、二度と学校へは来ない。
人の命が消えるとはどういうことなのか、6歳か7歳のあの夏に、私はたぶん初めて知ったのです。

未来など当たり前に訪れるものではないと、一種の虚無感のようなものに苛まれながら、今を後悔しないようにという思いに急かされて生きるようになったきっかけが、あの夏だったような気がします。

会いたいと思ったのなら、できる限り早く会いに行った方がいい。
行きたいと考えたのなら、いつかなどと言わずに行動した方がいい。
夏休みが終わるのは、当たり前じゃないから。
二学期が来るのは、絶対じゃないから。
あなたが忘れてしまわない限り、その人が、ものが、生きていた証が消えることはないから。
かすかにでも覚えていることが、生きているものの使命だから。
運命は変えられなくても、覚えていることはできるから。

夏の終わり。風の匂いに秋の足音が聞こえる。
大人になった私には、もう二学期は来ないけれど、秋は今年もまた訪れる。
来年も同じように秋が来るとは限らないから。
ひとつでも悔いを残さないように、生きていきたい。

夏の吹雪と行き止まり

一日中気分が悪く(しかし夕方になるとわりと持ち直す)、ぐらぐらとめまいがし、家にいる時は気分の悪さはあまりないものの体が重くてずっと寝ている…。もう何ヵ月単位でこれが続いてる。

夏バテかと思ったりもしましたが、暑さを我慢するのをやめて(電気代節約のため何年も保冷剤だけで耐えていた)素直にクーラーを使い始めてもこの状態。
お金が全然なくて、70円くらいのポテトチップス一袋で1日過ごしたりもしていたが、さすがにそれがずっと続いてるわけでもないしなあ←いくらなんでももちません

色々ありすぎで、もう対処しきれず体がついていかないのだろうか、なんて遠い目になる今日この頃。

しんどい…。

半年後の世界が、どうか穏やかであるように

まだ真偽のほどははっきりしていないようだけど、リプニツカヤが引退と聞いてびっくりしています…。まだ10代だったよね…?
拒食症という話が本当であれば、しかもそれが引退しなければならないほど深刻であるということならば、確かにオリンピックどころではないし、とにかく健康を優先して欲しいけれど、あの美しいスピンがもう競技で見られないのかと思うと…。シンドラーのリスト、印象的なプログラムでした。

ソトニコワも怪我の影響で今シーズンの試合には出場しないと明言されたようですね。競争の激しいロシアの女子、有力選手がひしめいているとは言え、団体と個人でソチの金メダルに輝いた選手たちが平昌に姿を見せないとは…。金メダリストがそのまま引退したり、休養という名の実質引退状態に入ったりすることは珍しくはないけれど、二人ともまだ若いだけに残念です。

しかし、団体のメンバーには出場の可能性のある選手もいるはずかと思いますが、個別の金メダリストのうち、確実に平昌にも出場しそうなのはもしかして羽生君だけ…?デイヴィス&ホワイトは確か平昌には出ないと宣言してたはずだし、お子さんが生まれたばかりのヴォロソジャール&トランコフは正直厳しいだろうし…。寂しい。
トリノからバンクーバー、そしてバンクーバーからソチは、有力選手の顔触れがあまり変わらなかった気がするけれど、ソチから平昌のこの激変ぶりは…。私、フィギュアスケートを真剣に見るようになったのはソルトレイクシティーオリンピックがきっかけですが、あの時からずっとオリンピックに出場し続けていたプルシェンコが、ついにこの春引退を明言したため、真剣に見るようになってから初めての、プルシェンコのいないオリンピックが待っているわけです。それだけでも、何だか異世界にやって来てしまったような感覚。そうか、プルシェンコの宇宙から別の宇宙に我々は移動したのだ←意味不明

オリンピックの金メダリストが、次のオリンピックまでほとんど競技を休むことなく出場し続けて連覇を目指す、という状況が、少なくともソルトレイク以降羽生君以外に記憶がないため(もしいたらごめんなさい)、寂しいも何もこれが普通で羽生君が特殊な例なのかもしれないけれど、それだけに、羽生君が当たり前のようにこの4年の間にやっていたことが、しかもあれだけの成績を残し続けてきたことが、どれだけ貴重で、ファンにとってはどれだけ幸せなことだったのか、しっかり胸に刻んでおかないといけないと思いました。羽生君の強烈な人気の出方にはいまだに現実ではないかのようにびっくりしているけれど、容姿が整ってるとかそういうこと以上に、選手として我々の前に姿を現し続けているからなんだろうな。そしてそれは、簡単なことではないらしい。規格外の選手だからこそ、規格外の人気も出たのでしょう。

平昌まであと半年。いや半年を切っているのか。どうかこれ以上、怪我や病に苦しむ選手が増えることなく、無事に開催されて欲しいと願うばかりです。

3年前の君の若さは3年後の君の強さ

お題「24時間テレビ」

ここ数年、チャンネルを合わせることにしているこの番組。理由はたったひとつ。羽生結弦選手が出演するからである。そうでもなければ、とりあえず流していたとしても積極的に見ることはないでしょう。

昔は時々見てたし、歌詞を募ってサライを作った時のことも覚えているが(年がバレますねうっひゃーい)、番組のコンセプトが成長するにつれて鼻についてきたような気がする。
感動させるために作られた感動、には白けちゃう方なんだよなあ。もちろん感動したい人がいるから感動させる番組を作る必要があるというのもわかるんだけど。結局需要と供給だから。
そもそも、人間というものは自分よりは地位が下だと思い込める存在を常に作って、自分の自尊心を保たないと生きていられない生物なんだな、と常々思っている。どんな綺麗事言ってる奴も皆同じだと思う。頑張ってる人なんていくらでもいるんだけど、自分が無意識に優位に立てる、そう思い込んでる相手が頑張ってることが大切なのであって、誰でもいいわけじゃない。まずそこがおかしいし、結局それって相手に対する敬意など何もないということである。それがもっと悪意をもって行われた時に、それは差別とか偏見とかいじめとかいった言葉に名前を変えるのだろう。ここでは感動という言葉にすり変わっているわけだけど。
でもそうでもしないと、実態を伝えられないという事情を抱えた例もおそらくはあるはず。だから全面的に否定はしない。たとえ綺麗事にしかならなかったとしても、何もしないよりはずっとマシ、という場合も多々あるだろうから。一方的に否定してる人の心の中にも、きっと本音では「そういったもの」を求める黒い本音があるはずだ。まずそれを認めなければ、何も変わりはしないだろう。所詮皆、偽善者として育つように教育されてきたんだから。

そんなわけで、そこまで真剣に見たりはしませんが、ギャースカ拒否反応を示すのも何か違う、という冷めた気持ちでとりあえず垂れ流してる昨今。24時間ずっと同じ内容が流れるわけじゃないですし。

今年のテーマは「告白」だそうで、羽生君は喘息患者であることを初めてテレビで告白する、という触れ込みだったが、確かに一般的にはそれほど知られてなかったのかもしれないけれど、それでもかなり有名な話じゃなかったっけ、ソチで優勝した時も総理大臣とそんな話してたよな?と首をかしげてしまった。テレビ的にはそういうことにしておいた方が色々話が早いんでしょう…。

このブログでも何度か書いてるけど、私は赤ん坊の時から小学校の高学年か中学生くらいまで(よく覚えてない)アトピーを発症していて、赤ん坊の頃などは髪の毛が抜けてほとんど禿げてしまうほど酷かったらしく、この子は将来絶対に喘息になります、と宣告されていたようです。結局喘息を発症することはなかったのだけど、普通の人よりはずっとリスクが高かったというのは事実なので、羽生君の話は決して他人事ではないと思って聞いていました。今でも各種アレルギー症状に悩まされることは少なくなく、もうそれが普通のことになっているとは言え、時々凶悪にかぶれたりするとやっぱり辛く、競技中に羽生君の唇が紫になっていたり、アルコール消毒でかぶれたなんて話を聞くと、喘息の苦しみはわからないけれど、少なくともアレルギーのしんどさは多少なりとも理解できるので、過剰に心配してしまったりすることもありました。

でも羽生君は、それは自分にとって普通のことだって言ってましたね。そう、確かに病気は辛いけど、でもそれも含めて個性であり、その人自身。健康だから普通なわけでも、病気だから特別なわけでもない。もちろん、配慮しなきゃいけないことはあるけれど、でも、個性が違うだけで皆同じ人類。
もしかしたら羽生君は、特に深い意味はなくその発言をしたのかもしれないけれど、でも羽生君の口から自然にその言葉が出てきたことは、とても大きいと思った。私のようなただ人が何を言っても耳を傾ける人はいないけれど、羽生結弦が口にする言葉には多大な影響力がある。色々批判の多い番組だけれど、今年羽生君が出演したことには、かけがえのないものがあったのではないかと個人的に思います。

そして番組の目玉のひとつであったであろう、羽生君の演技。3年ぶりの「言えないよ」。そうそう、これカメレンゴの振付なんだよね。しっかり名前がクレジットされるあたり、なかなかやるな日テレ。

このためだけに郷ひろみが埼玉のアイスリンクまでやって来て生歌も披露。3年前のファンタジー・オン・アイスでは、喉の調子が良くなかったらしく本気のひろみの歌唱が聞けなかったが、彼もその時のリベンジが出来たのではないだろうか。いい歌だよなこれ。

肝心の演技ですが、3年前は彼の全力の青さを眩しく受け止めるとともに、もう少年・羽生結弦の演技を見る機会は残り少ないのだろう、と過ぎていく時の速さを噛み締めたものでした。3年経って、確かにもう、少年の羽生君はあの幕張のリンクに置いてきてしまったけれど、全力の羽生君は、むしろもっとパワーアップして戻ってきたように感じ、わりとポカンとしながら見てしまいました(汗)。

これショーで跳ぶジャンプ構成じゃねえええええええええぇぇぇぇええええ←エコー

スケート選手としての道を歩んでいる少年に、どうせなら目標となるような技を見せたいという、羽生君の気持ちはわかるのである。少年が練習中のトゥループと、少年が好きだと言った羽生君のトリプルアクセルアイスショーでもバンバン高難度ジャンプを跳びまくっている羽生君のことだから、別に驚くことでもなかったかもしれない。

だが。だがそれでも。それでもである。
なんっじゃああああの美しい4回転トゥループは!これ加点いくつつくんだよ!しかももう一本。さらに伝家の宝刀トリプルアクセル。コンビネーションこそなかったが、ほとんど競技ですがな。しかもビールマンスピンまで。一切の手抜きなし。私があの少年だったら泣きながら土下座してるぞこれ(笑)

22歳になった、氷の世界の若武者。フリルの印象が強い羽生君の衣装としては、わりと男っぽいシャツだけど、3年前よりもよく似合っていた。その情熱を氷に叩きつけるかのような青い演技は、包容力のある青年のそれに変貌していた。それは大人の男の愛と言うよりも、自分に憧れる少年スケーターへの暖かい眼差し、といったものだったように思うけれど、3年前に感じた、歌と本人の間にあるアンバランスさは、もうどこにもなかった。それは、ひたすらに上昇する若手だった羽生君も、もう次の世代へバトンを渡す側の年齢に差し掛かっているという事実でもある。あとどれだけ、選手としての羽生結弦を、我々は応援できるのだろう。時は流れるばかりで、決して元には戻らない。後悔だけはすまいと、改めて誓った。

至福の時間だったアイスショーは終了。余韻に浸っている我々視聴者を衝撃が襲う。2回転トゥループの練習中である少年にかけた羽生君の言葉。

「あと2回転回れば4回転だから」

なんかさらっと鬼みたいなこと言ってるんですけどーーーーー!!!

そういや少年との練習中にも「一生懸命キュッてやれば跳べる」とかなんとか、わかるようなわからんようなアドバイスをなさっていた。ああ、なんか思い出すんですけど。4回転ジャンプは4回回って降りるだけ、とかなんとか言ってた人がかつていたような。家電にやたら詳しい人だったような!←笑

いやいやわかるんですよ、遠い遠い目標に思える4回転ジャンプも、あと2回回るだけなんだって。その2回に気の遠くなるような努力が必要なのだとしても、でもたったの2回でいい。羽生君も少年の年頃にはきっとまだ4回転なんて遠い世界の話だったはずだけど、でも日々の積み重ねで今がある。すごく難しいよ、って言われるよりも、あとこれだけでいいんだよ、って言われる方が、ずっとずっとイメージしやすいしモチベーションも上がる。

だがそれでも!それでもやっぱり爆笑するしかないわ!(笑)もうホント、清々しいくらいのSですね(笑)。
個人的に、今年の流行語大賞は2017年四大陸選手権における羽生結弦氏の「金が欲しい!金が!金くれ!」でほぼ決まりでしたが、ここに来て超有力候補が現れてしまった。ああでも、スケートシーズンの区切りとしては6月末で年度が変わってるっけ。それなら問題ないか?…って、このへんすべて私のひとりごとなんでお気になさらず(笑)

そんなこんなで、今年の24時間テレビは終了したわけですが、羽生君ファン的に、24時間テレビの本番は実は「news every.」。ナレーションやらテロップやらをある程度カットして再び演技を流してくれるので、最悪everyだけを見てもいいくらい。今年も本編では流れなかったエピソードも含んだ素晴らしい編集。2年前の「花になれ」はeveryで流れた映像があまりにも素晴らしくていまだに忘れられない。あの時の演技はそもそもが素晴らしく、24時間テレビの方だけど、羽生君が巫女みたいで神々しくて、初めてフィギュアスケートを見て感動した、と熱っぽく語ってくれた人もいたっけ。吐く息まで幽玄の世界のようで、あれはホントに美しかった。

何だかんだとフィナーレは見ましたが、陸上部出身でまだ若いブルゾンさんはまあ無理のない方の人選だったのでは。サライ大合唱すれば何だかんだ言って「まあいっか」な気分になるのであの曲はすごいと思います。いつか羽生君がこの曲で滑ったらどうしよう。これより「昴」の方が似合う気も…。って、わけのわからんことを言い始めたところで強制終了(笑)

その瞬間だけは炎の欠片を星と呼べるのなら

お題「花火」

花火を見る目的で何らかのイベントに行ったことって、もしかしたら無いかもしれない。子供の頃にはあったかもしれないが全然覚えてないし、成長してからはまったくない。毎年楽しみにしている花火大会はあるが、いわゆる花火大会会場まで出向くわけではなく、遠くから楽しめる場所でひっそり楽しむ、というスタンスですし。
ご家庭用の花火も大人になってからはほぼ遊ぶことはなかったし…、となると書くことがないので(汗)、今回は違う切り口で記事を綴ってみようと思います。

という訳で、花火が物語の重要な要素になる作品について語ってみることにしました。
今回取り上げる作品は、手塚治虫先生が残した、最早説明不要であろう漫画界の大傑作、『ブラック・ジャック秋田書店少年チャンピオンコミックス版13巻のラストに収録されている、『六等星』。
傑作の多い『ブラック・ジャック』のエピソードの中でも、3本の指に入るくらい大好きな話です。

あまりにも有名な漫画なので、ネタバレに気を付けるもなにも今更では、という気がしないでもないですが、できるだけ核心には触れないように書いていこうと思います。でもネタバレになる可能性が高いので、気になる方は以下を読まないでください。

孤高の天才外科医、ブラック・ジャック。彼はある病気から救い出し、養女として育てていると思われる少女・ピノコと、花火大会を見物しています。美しく打ち上がる花火を無邪気に喜ぶピノコ。しかし、突然の暴発事故で、花火大会は中止になってしまいます。
その帰り道、花火より夜空の星の方が綺麗だと言うピノコ。星の名前をブラック・ジャックに尋ねるうち、ある小さな星に目をとめますが、そんな星は知らないと返されてしまいます。しかし、小さく見える星も実は遠くに在るだけで、本当は明るく輝く一等星よりもずっと大きな星かもしれないと前置きし、その六等星のような人物として、彼はある医師の話を始めるのでした…。

冒頭の花火大会が物語の伏線になっています。ブラック・ジャックが語る、医師として素晴らしい実力を持ちながらさっぱり出世していない人物、椎竹先生は、まったくメインではない漫画の登場人物としては、史上最強にカッコ良く、尊敬に値する人物だと思っています。そしてそういった人物の才能や実力を見抜き、チャンスを与える人間の存在がいかに重要であるかということも、この作品は示唆しています。下手な道徳の授業を受けるより、この物語を読んだ方が、絶対に人生において得るものは大きい、そう言い切ってしまえる程の名作です。『六等星』というタイトルも素晴らしい。機会があれば、是非読んでみてください。

『六等星』以外の2本の指は、『報復』と『犬のささやき』かなあ。後者は同意を得られるかあやしいが(汗)。でも『二つの愛』も最高だし『えらばれたマスク』も好きだし、そうだそうだ『幸運な男』を忘れちゃいけない!
…なんて言ってると5本でも足りないんだよねえ(笑)。たった20ページほどの枚数に、凡百の作家が一生に一度描けるかどうか、という傑作が詰め込まれ、それがいくつも存在しているというのがこの『ブラック・ジャック』なのですから…。まさに天才の仕事。
『六等星』が収録されている13巻は特に名作が多いように思うのですが、『身の代金』という作品も実はとても好きで、読むたびに泣いてしまうのだった…。感動するような話じゃないんです、でもこの話を読むと涙が止まらなくなるんだよ。『死への一時間』のラストもいいよね。

ファン以外はおいてけぼりになってきましたが(汗)、好きなブラック・ジャックのエピソードを語るだけで1、2ヶ月分更新できそうなくらい大好きな作品なので、今後少しずつ書いていこうかなと思っています。まずはブラック・ジャックとの出会いについてからかなー。気が向いたら書きますので気が向いたら是非読んでいただければ嬉しいです。

…花火関係なくね?と思った皆さん、多分それ正解(汗)

電池が切れるまで同じ事を繰り返さなければならないおもちゃを店頭で見かけるのがこの世でいちばん悲しかった

この暑さも多分に原因だと思うのですが。

とにかくだるい。体が重い。何にもしたくない、というかできない。

元々あまり体力がなく、子供の頃は朝礼の時間に立ってられないこともよくあったし、頭が重くてすぐに横になってばかりでした。
すぐに横になってばかりなのは今も全然変わってないのだが、大人になってから実は以前に比べて随分体力がつきました。実家を離れてからは早寝早起きの生活リズムになり、仕事に出ることで多少健康的になったようです。実家は物だらけで日も差さず、なんというかその他色々ありましたので…。うん…。

しかし、私が色々事情を抱えていることもあって、このところとみに体力が落ちてきました。というか体が言うことを聞かない。何かひとつ行うにもとんでもなく時間がかかり、あっという間に1日が終わってしまう…。

実家を離れたばかりの頃は、週末になると掃除をし、月に2度は週末を実家で過ごす元気もありました。4年くらい前までだろうか、休日の午前中にはラジオを聞きながら洗濯などの家事を済ませ、あとは自分の時間を満喫するというリズムで動けていた時期もあった。
しかし今はどうであろう。家事をするのがとにかくしんどい。しなきゃどうしようもないことはやるけど、ものすごく実行まで時間がかかるし、しなくていいことは結局やらなかったりする。

うん、まずい。明らかにまずい。

ちゃんと動けてた時と今のように体力がなくひたすら寝てる時期の違いは何なのか考えてみた。そう言えば、前述したようにそこそこきちんとやれてた時期は、貧乏だったり家族のことで頭を悩ませてたりという基礎的な問題は解決してなかったものの(子供の頃からずっとなので基礎的)わりと毎日楽しく暮らしてた気がする。仕事もそれなりに楽しく行ってたし、職場に話し相手もいたし、友達と遊んだり買い物したり、スケート見に行きまくったり、自分なりに充実していた。そんな時期は自然と体重も減っていた。そう言えばそうだ。だから体も軽かった。

しかし今は…。まだ標準とは言え体重は増えて体も重い。てか体重関係なくたぶん重い。仕事に行こうとすると吐き気に襲われてみたり、話し相手はひとりもおらず、休みの間は一言も口を利かないこともざら。肉も魚も高くて食べられず、安価な炭水化物ばっかり。料理する元気もない。とりあえず空腹が満たせれば味だの栄養だのなんてどうでもいい。買い物にも行けない。スケートもろくに見に行けない。何年もそんな日々が続いている。

元々、何で生きているのかさっぱりわからない、子供の頃からその感情とともに生きてきた人間ではあるのだが、ことさらに、これって生きてる意味あるのかな?と自問自答する昨今。もう疲れたよドラえもん。そうだ、たぶん私はとても疲れている。

限界なんだ。

でも、その声は、どこにも誰にも、届かないんだ。
もう、届けようとも思わない。悲しい思いをするだけだから。
ひとりで自分の世界にこもっていれば誰も傷付けないし、傷付かない。
それがいいこととは思わないけど、仕方がない。

夏が終われば、少しは体力が戻るだろうか。
本当はきっと動くはずなのに、動かない体がうらめしい。

氷上の覇者、さもなくば銀河の覇者

今さらですが、羽生君の今シーズンのプログラムについてひっそりと。

昨シーズン終了の時点でうっすら思っていたことは、ショートプログラムはおそらく変更だが、新しく作成するのではなく過去のプログラムを焼き直すだろう、ということ。

羽生君はここ数シーズンショートプログラムを持ち越して滑り込み、2シーズンかけて完成させている印象がある。実際、その作戦はソチオリンピックシーズンでも功を奏している。それで行けば昨シーズンのプリンスは持ち越されるはずだったが、あのプログラムはオリンピックシーズンのプログラムとしてはふさわしくないように感じていた。しかも手痛いミスが多く発生し、いいイメージも持てなかったように思う。非常に盛り上がるし、羽生君の俺様系プログラムは個人的に大歓迎なのだが、それでも今シーズンのプログラムとして選ばれることはないだろうと思った。

そうなると、新しいプログラムが作られるのか、という話になるが、昨シーズンどうも成功のイメージのなかったショートプログラムを新たに作成し、本人にフィットするか、ジャッジに評価されるかを探るには、1シーズンでは短すぎる。羽生君の背負っているものはあまりにも大きい。彼は負けられないのだ。正直、見ている側からすればいい演技であれば何位だって構わないのだが、演技をする側にとってはそうではない。前オリンピックの覇者として、彼は絶対に結果を残さねばならない。そんなのどうでもいいんだよ、楽しく滑ってくれたらそれでいいんだよ、とつい我々は言ってしまうが、それは無責任な外野の呟きでしかない。

で、結局どうなるかと言うと、過去のプログラムを再び滑ることになるわけだが、さすがに3シーズン同じものを滑ることはないんじゃないかなあ、と思っていた。そこで私が考えたのは、フリープログラムをショートプログラムに焼き直すという作戦であった。たとえばSEIMEIはどうか。あれは実に羽生君に似合う、おそらく羽生君以上に滑りこなせる人物はいないプログラムである。ショートサイズにするということは結局別のプログラムになるということかもしれないが、当時の世界最高点も叩き出したイメージのいいプログラムであり、もう一度見たいと思っている人もおそらく少なくはなく、選択肢としてはそう誤りでもない気がした。もちろんこれは私の勝手な妄想でしかないのだが。そう、私がもう一度SEIMEIが見たかっただけですごめんなさい(笑)。

そして今シーズン、蓋を開けてみれば、まさかのバラード3シーズン目。
…結構びっくりした。そう来るとは。しかし、結局それしか選択肢はなかったように思う。
バラードは「綺麗な羽生君」を堪能できるプログラムだが、彼のうちに潜む激情が顔を覗かせても違和感のないプログラムでもあり、羽生君としても滑りやすいのかもしれないと感じることはあった。ショートプログラムでの失敗は許されない。これまでの羽生君であればいくらでもフリーで巻き返していたが、これだけ4回転ジャンプや表現に長けた選手がひしめいていては、もうフリーだけに頼るのはあまりにも心もとない。バラードは非常に難易度の高いプログラムに思えるが、しかし現時点でのショートプログラムにおける世界最高点を保持しているのはこのプログラムであり、羽生君はほぼ完全にこのプログラムを体に染み込ませているはずだ。今更振付やジャッジの評価等で悩む必要もなく、ただひたすらジャンプの完成度だけ磨いていける。絶対に勝つためには、これが最適の選択肢だったと言えるだろう。もちろん、実際に試合が始まってみなければ、そう言い切れるかはわからないところだが。

そしてフリープログラム。ショートプログラムは早い段階で発表されていたが、フリーは今月の公開練習まで秘密のベールに包まれていた。ショートプログラムが過去のプログラムの持ち越しであったことから、フリーは新たに作成されるのであろうと考えていたが、こちらも蓋を開けてみれば、バラードと同じシーズンに使用していた「SEIMEI」だった。
びっくりした。びっくりしたと同時に、納得した。そうだ、これしかない。

ショートプログラムについての記述で散々持論を述べた通り、絶対に勝つためにはおそらくこれがベストの選択肢である。新たにプログラムを作るということはリスクが伴う。もし彼には「合わない」プログラムだったら?修正している時間はない。その暇があるならジャンプの精度を上げることに時間を割いた方が、少なくとも今シーズンだけは結果に繋がるように思える。1点でも多くもぎ取らなければ勝てない。
もちろん、過去のプログラムということで飽きられてしまうとか、これまで以上の滑りをしなければ評価されないだろうとか、かつて世界最高点を叩き出したプログラムでありそれを超えることが暗に要求されるという、とんでもなく高いハードルまで課される、等といったリスクもあるわけであるが、それでも、2015年のあのシーズンを戦ったこれらのプログラムを滑る方が、より確実に勝てると踏んだのだろう。私もそれは間違いではないように思う。

何よりも「SEIMEI」というプログラムは魅力的でありすぎる。誰が滑ってもいいわけではない。羽生結弦が滑るからこそあのプログラムは強烈な魔力を発生させるのだ。
何故オリンピックシーズンにこれを滑らなかったのだろう、勿体ない、と実は思っていた。何故かと言われても、オリンピックシーズンに滑るにはリスクのあるプログラムだからなのだが。題材が思いっ切り日本、しかも陰陽師というマニアックさ。果たしてジャッジに理解されるのか。そんなリスキーな題材をいきなりオリンピックシーズンにぶつけてくるのはあまりに危険である。そもそもオリンピックシーズンでなくともリスキーであった。
しかし、このプログラムは結局世界最高点を叩き出した。芸術面でも評価されなければあり得ないことだ。陰陽師が何者か等といったことはどうでも良かったのかもしれない。そもそも我々日本人であっても正確に理解している人は少ないだろうし、外国の人にとってみれば、「ニンジャ」「ゲイシャ」「フジヤマ」的な、漠然とした日本のイメージと大差なく受け入れられるものだったのかもしれない、ちょっと説明が難しいがそんな風に感じた。
何より、そんな小難しいことなど吹き飛ばすほど、羽生結弦という人物そのものがプログラムに説得力を持たせていた。
透き通る白い肌、リンクに映える漆黒の髪、相手を射抜く切れ長の瞳、細くしなやかな体躯。これほど日本人そのものであり、日本人らしい美しさに溢れた男子選手はかつて存在しなかったのではないか。彼が和のテイストに溢れた音楽と衣装に身を包んでいるというだけで、そこには日本の文化そのものが拡がる。いちいち理解などする必要がない。
しかも、その可憐とも言える容姿とは裏腹に、彼の内には修羅が棲む。その修羅が鎌首をもたげたとしても、このプログラムにおいては違和感がないどころかプログラムにますますの凄みすら持たせる。京の都に巣食う魔を調伏する陰陽師。その鋭い眼光に射抜かれただけで、低級な魔物であれば消滅してしまうだろう。
まるで漫画である。ファンタジーだ。しかしこの二次元っぽさこそが羽生結弦のほかにはない武器のひとつなのである。少年漫画の主人公のような性格や運命の持ち主である上に、現実離れした美しい容姿。本人の存在がそもそもファンタジーである。初めてSEIMEIの衣装に身を包んだ羽生君を見た時、あまりの違和感のなさっぷりに「成長したリアルハク様」などとほざいたものだが、その後「皇昴流」と言われているのを知って「それだあああああああ!」と膝を打ちまくった(笑)。そう、彼は日本が誇るオタクカルチャーの申し子。言うなれば、本人が憑依してる勢いの、死ぬほどレベルの高い安倍晴明のコスプレ。それを可能にする素質を現時点では世界最高に保有する稀有すぎる人物。まさに日本の宝。
…嬉々としながらイヤホンについて語る羽生君は欠片のオーラもないただのオタクだが、その青年が氷の上ではあれだけの怪物になるという凄まじいギャップ。そりゃ、人気も出るだろう。こんな選手は今までに存在しなかった。少なくとも私はそう思う。

延々と語りまくってしまったが(汗)、要するにこのプログラムは、あまりにも羽生君に似合っているのである。羽生君の特質をすべて捉え、しかも最大限にそれを引き出せる。フィギュアスケートというスポーツにおいては、こういった要素は決して馬鹿にできない部分である。どれだけ技術的に優れていても、魅力に欠けた心に残らないプログラムでは、「伝説」は作れないのだ。

しかもである。慣れたプログラムということで、ここぞとばかりに思いっ切りレベルを上げてきたジャンプ構成。あの美しいトリプルアクセルリカバリー用にするなんて。何言ってるのか全然わかんないんですけど!さすがジャンプの変態!←褒めてます
しかしトリプルアクセルを2本跳んだ上で4回転ジャンプを5本跳ぶには、現実問題としてもう1本4回転の種類を増やさなければならない。ライバルたちの動向によってはそれもあり得ない話ではないだろうが(かつて報道番組で流れた4回転ルッツの出来からしてもいつ実戦に投入してきたとしてもおかしくないと思った)、だがやはりリスクは大きい。超難易度の構成を確実にノーミスで滑り切ることの方がおそらくはより勝利に近い。そして世界最高点の更新も視野に入れているかのような発言。ぜんっぜん守りになんか入ってない。どれだけ攻撃的なんだ。彼は勝ちにきている。勝ちたいとはっきり言っている。そこが彼のたまらない面白さだ。もちろん、前述したように試合が始まってみなければどうなるかはわからないことだが、彼の作戦は基本的に間違っていたことがない。常に先を読んでいる。スポーツ選手のファンであることの基本は「その選手を信じる」ことにあると思っているが、そういう意味で彼ほど安心して信じられる人物もいない。強いはずだ、と改めて思った。

昌磨君が「4回転を5種類入れる」などという、あなたは世界でも征服するのですか?と土下座しながら聞きたくなるような超攻撃的な宣言をしており、今シーズンも宇宙大戦争は避けられそうにありません。我々はいつの間にか少年ジャンプの世界で暮らしていたらしい。既に緊張で吐きそうですが(←早すぎ)今シーズンが非常に楽しみです。誰か!平昌に私を!私を連れてってくれ!言っておくが生活に困窮するレベルに金はまったくないぞ!←行けるかああああああ