うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

青春の欠片は砂の下に

年賀状の時期なので、ふっと思い出したことがある。

昔、仲のいい友達がいた。努力家で、でも真面目一辺倒などでもなくて、いい友達だった。
くだらないことから深いことまで、たくさんの話をした。

彼女は順調に人生を重ね、私は何度も人生に躓いた。遠くに離れた彼女と、頻繁ではなくなってはいたもののもちろんずっと連絡は取っていたけれど、ある日こう言われた。

疲れているから、連絡するの休ませて。

環境の変化の中で、彼女も毎日大変だったんだと思う。自分を保つために精一杯だったんだと思う。
でも、人生に悩みまくっていた当時の私には、それ以上つらい発言はなかった。
私は彼女に対して、年賀状くらいしか出せなくなってしまった。

やっと闇の時期を抜け出したと思ったのに、その期間は短く、どうして自分の人生はこうなんだろうか、と思わず呪いたくもなるような日々に私は再び突入した。
もちろん彼女にも相談したかった。でも、あんなことを言われてしまったら、もう連絡できない。
けれど、彼女にも再び環境の変化が訪れ、余裕が戻っていたのであろう。
こう言われた。

こんなに悩んでるならどうして連絡してくれなかったの?

だって、疲れてるから連絡するなって言ったじゃん…。ずっと遠慮してたんだけど…。

その言葉のことは、その時はたぶん黙っておいたと思う。今度は彼女なりに色々助けてくれた。
あることも紹介してくれた。そのことが私にとっていいことだったかどうか正直今となってはわからない。何かを得たのかもしれないけど、失ったものの方が大きい気がしてならない。
でも彼女に悪気があったわけではない。むしろそれがいいと思って勧めてくれたのである。ささいなやり取りすらしたくない、と言われるよりずっとマシだった。

その後も色々なことがあった。もっと気軽に色々なことを話したかったけど、彼女に言われた言葉は私の心に氷の刃を突き立てて、何年も抜けないままだった。だから何も言えなかった。忙しい彼女から連絡が来ることもなかった。

また私に闇が訪れた。普段から自分自身が好きじゃない私は、この世から消えたいと潜在的に思っているのだけど、闇が濃い時期とはそれが潜在的にではなくわりと頻繁に顕在化してくるほど何かにダメージを受けている時期である。ものすごく、ものすごく疲れるのです。自分が撒いた種なら仕方がないが、それだけとは決して言えない状況で毎回毎回ハズレくじを引き続けるかのような事態に、さすがにこれ以上は無理かもしれないと思うほど疲れました。

もう自分が今までのように乗り切れるか自信がなかったし、今のうちにできなかったお礼をしよう、と彼女にずっとできずにいた親切へのお返しをした。世話になりっぱなしでありがとうしか言えなかったのをずっと気にかけていたし、何年も年賀状のやり取りだけになってしまった彼女と、また気軽に話ができるようになりたかった。きっかけが欲しかった。生活の余裕のなさを言い訳にしてたけど、それはもうやめて、自分にできる精一杯のことはしたつもり。邪魔にならないようなものを、時期を選んで送った。
それに対する彼女からの返信はなかった。年賀状も、その直後から届かなくなった。
今年も、届かなかった。
たぶん届かないと思ったから、私も届けなかった。

遠い距離に離れて、なかなか会えなくなってしまう友達は他にもいるけれど、いつの間にか交流がなくなってしまう人はたくさんいるけれど、こんな風に彼女との友情が終わってしまうとは思っていなかった。
青春がひとつ、音もなく崩れて、消えていった。

私自身も色々ありすぎて、余裕のないことも多い。でも、どんな状況でも、今ちょっと大変なんだよ、ということは伝えても、
疲れてるから、忙しいから連絡しないで、と、何らかの悩みを抱えている人に対して、いえ抱えていなくても、絶対に言うまいと思っている。
自分を守ることは大切なことだけど、自分さえ守れればいいと思うのは違うと思うから。
大切な友達にまで見捨てられた気分になる、あの悲しみを誰かに味あわせたくないから。
何の助けにもならないかもしれないが、でも突き放しはしない人間もいるということだけでも知ってて欲しい。世界中に自分はひとり、と思わなくて済むことが、苦しい時にはいちばん必要ではないかと私は思っている。

あまりにも考えのないことを言われて、それ以上はやめてくれと怒って言ってしまったことはあるけど…。きっとそういうことを言われるのがどれだけ嫌だったかはその状況になってみないとわからないものなのだろうし、話が通じる自信がないのでもう黙っている。

きちんと答えようと思うあまり、それが無理だから何も言わない、という人もいるのだろうし彼女もそうだったのかもわからない。誰かのダメージまで背負う余裕がないのもわかる。
でも、悩んでいる人の多くは、あなたにその悩みを解決してもらおうと思って話をしてるわけじゃないのではないか。
結局誰も助けてなんかくれないことはわかってても、どうにか生きていく気力を、自分にとって大切な誰かとのやり取りによって充電させて欲しいだけじゃないのか。
そして友達や仲間って、そのためにいるんじゃないのか。
誰かのダメージを背負うなんておこがましい。自分を何様だと思っているのか。あなたも私もそんなたいした人間ではあるまい。たいした人間でないからこそ、ささやかなことが助けになるのだ。ささやかなことを積み重ねるのをめんどくさいと思わないことが親愛の情というものなのだろう。それがめんどくさくなってしまった相手を、いつまでも追い求めても仕方ない。私は全然めんどくさくないけど、仕方ない。

彼女の幸せは祈らない。きっと幸せで充実してるから、私のようないつまでもグダグダしてる人間は彼女のフィールドには入れなくなってしまったのだろう。何せ立派な人である。努力して立派になったことも知っている。私でなくてもたくさんの支援者が彼女にはいる。今もきっといるはずだ。
彼女の幸せを祈る時間を、自分の幸せを探す時間にあてることにする。

さようなら、楽しかった青春の、言葉の欠片。