うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

眠りの中に居場所があるのなら

最近眠くてしょうがないです。寝ても寝ても眠い。冬眠でもするのだろうか?と自分で自分をいぶかしんでいます(笑)
睡眠時間が長くなり、家ではほとんどぼんやりしてるか寝てるだけで、もっと建設的なことに時間を使わなければ、と毎日思うのですが、気が付いたら寝てます…。

でもたっぷり寝られるというのは良いことなのでしょう。家にいるのがだいたい9時間くらい、という状況が続いた時はやっぱりつらかったので…。だいたい9時間で、お風呂入って身支度して、夕食も朝食も場合によっては昼食(お弁当)も用意して、色々片付けものをして色々情報を仕入れる時間を作って、などなどすべて済ませた上で残った時間を睡眠に充てることになるわけです。当然、十分に寝ることなど不可能なわけですが、私はとにかく睡眠時間を確保したかったので、夕食などいくつかの行程をカットして寝てました。それもうたた寝じゃないと眠れなかった。朝早くから非常に不便な手段しか選べない場所へ赴かねばならず、少しでも遅れたら交通の手段がない、そもそも遅刻したら何を言われるかわからないという恐怖から、熟睡してしまわないように無意識に対応していたのだと思います。そして出発の2、3時間前には起きてました。そこまでしていましたが、その頃の年収は完全なワープアのそれでした。ストレスを発散しようにも金はなく、無理な生活で身体を壊して苦しんでいても助けてくれる人はなく。そして家庭の事情が貧困に追い討ちをかける有り様。この辺にしとくけど、それでも頑張るのが当たり前だと言われても、もはや身体がいうことを聞かないので頑張りたくても頑張れなかったです。て言うかもう頑張りたくないです。少なくとも今まで一度だってたったひとりで生きたことのない花畑の住人に頑張れとか言われたかないです…。マウンティングって言うんですかね、これをしないと気が済まない生き物なのだろうか、人間というものは。でもそんなんしない人はしないし。やっぱり人間性のレベルか。と底辺の人間が偉そうに言ってみる(笑)

年が明けてから、プライベートで身内以外の人間に会ったのは1回だけです。「普通はこういう場合は連絡するよなあ」という場合でも、あら、これ無視されてるかな、みたいな感じが続いてうんざりし、ほとんど誰にも連絡を取らなくなったところこんな感じに。色々事情はあると思いますが、私はたとえ時間が経ってからでも連絡はしよう、何か事情がありそうな場合は特にそうするのが当たり前だろう、誰だって放置されるのは嫌だろう、そう思って生きてきたタイプなので(よく「何て言ったらいいのかわからないから何も言わなかった」と言い訳する人がいますが、個人的には最低だと思ってます。だったらそう言えば?考えるのが面倒だっただけでしょ?)、私の信じてたものなんて所詮は幻か、と軽く絶望してました。キルケゴールという方が残した有名な一節を久々に思い出しちゃったりして。とか言いつつあの本、どうしても途中で眠くなってしまい最初の方しか読んでないんですけどね(汗)。
心身ともに弱っている時に、信頼していた人から「あなたなんてどうでもいいの」という態度を取られるだけで、人なんて簡単に殺せるのです。出来事はすべてが独自に完結して発生しているわけではなく、特に人間の心などというものは他者なくしては存在し得ない場合があるように思います。心が折れてしまった人を、弱い人なんて理解できない、と斬って捨てることは簡単ですけれど、その弱い人は無から勝手に発生したわけではないのじゃないでしょうか。あなたが強くてまっとうな人でいられるのは、誰かを弱くてまっとうじゃない人に仕立てているからです。そして逃げ場を失った人が宗教に行き着き、信仰を強制するという形で復讐にやって来る、んだったりして。その人がニュートラルに自己を保てるのであれば手段が宗教であっても構わないだろうと個人的には思います。ただ、宗教とは基本他者の思想を排斥することで成り立つもののようにも考えており、自分の判断で選択し自分ひとりで信仰するだけにとどまらないことが多々あるという点でなかなか受け入れがたいものがあるのでしょう。特に、子供のうちからそれを当たり前だと強制される側はたまったものではありませんし(思想的に受け入れられるのならともかく)、最初は本当にまっとうな宗教団体だったとしても、権力と富が方向性を変えていくことは宗教に限らず良くあることです。私はどんなにいいものであろうが人に強制されるのは嫌いだし強制するのも嫌なので、基本的に宗教には興味がないのですが(自分が入信するかどうかという意味において)、一度だけ引き込まれかけたことがありました。宗教だということをうまく隠して近付いてきたので気が付かなかったのですが、私を騙すことはできなかったようです(笑)。その時は心がバッキバキに折れてました、やっぱり。それでも宗教に頼らなかったのは私が底辺を見てきた人間だからなのかもしれません。救ってくれるのは宗教だけ、という状況はあまりにも情けなく、絶望的だからです。そこまで追い込まれていることに気付かず誰かを突き放し、結果少々危ないかもしれない宗教に走ってしまった人を疎ましく思う心の浅はかさの方が、少々危ないかもしれない宗教よりずっと厄介で恐ろしいもののように感じます。
結果が発生する前には必ず過程があるはず。そこであなたの腕を求めて叫んでいた声を、聞かなかったのはあなた。その人を救えたのは、役所でも宗教でも非行でも死でもなくて、あなただったのに。いつかあなたが誰かの腕を求めた時に、その手を振り払われて水底に沈んでしまうまで、そのことに気が付かないでいるのでしょうか。私も振り払うよ。だってあなたにわかって欲しいもの、絶望の海がどれだけ冷たいのか。溺れながら波間に見える誰かの冷笑がどれだけ恐ろしいか。ねえ、やっとわかったでしょう、って笑って差し上げたい。でもそれがわかるからこそ、きっとその手を取ってしまうのだろうけど。ねえ、不公平だし理不尽だよね。

あれ、こんな話を書くはずでは(汗)。ひとつの記事を書くのに3時間くらいかかるのを何とかしなければ、と思いながらこの記事をしたため始めたはずなのであるが…。誰もいない空間に向かってひとりで喋っているようなものだと思えば、3時間くらい誰かと喋ってればあっという間だと思ってみれば、こうなってしまうのは当然なのかもしれません。暇潰しの道具ができて良かったね、と思われてるんだろうなあ。そうじゃねえんだけど。ま、もうどうでもいいですけど。本当にもうどうでもいい。まだまだ暗黒なネタでブログを埋め尽くすことはできるのだが、どこまで書いたらいいのか色々検討中。しかもそういうネタ、ものすごく執筆に時間がかかるんで…。書いてはみたものの、わかってくれる人、やっぱりいないんだなと思うと、勇気を出して書くのも面倒になっちゃうし。結果、どうでもいい(笑)。