うさぎパイナップル

書き散らしてるときだけが生きてる気がするんだ(社会不適合者・居場所募集中)

記憶も孤独も消せない魔法の水は、ただの毒薬

今週のお題「家飲み」

実は、家ではほとんど飲みません。決してお酒が嫌いなわけではないのですが、どうも少々苦手な体質のようで、アルコールが入るとお腹を壊したり、テンションが上がるどころか逆に下がりまくったり、翌日は酷い二日酔いでまったく起きられなかったりと、たいした量を飲まなくてもこの状態で、散々だからです。毎日晩酌をする人の話などはよく聞きますが、「翌朝目が覚めない」という一点において、私が同様のことを行えば非常に生活に支障をきたすことはおわかりかと思います(泣)。

ごくまれに友達がくれたものや、何となくお土産として買ってしまったお酒を口にすることはありますけど、上記のような理由から、本当に少しずつ飲むことにしています。島根に行った時に柚子のお酒を買ったことがあるんだけど、小さめの瓶にしたものの飲みきれそうにないので、お知り合いのお宅に招待された時に持参して消費に協力していただいたり。美味しかったんですけどね。でもそうやって、皆でわいわいとお酒を囲んで話に花を咲かすことこそがアルコールの役目なんだろうなと思ったりもしました。

友達や仲間と誰かの家に集まって、持ち寄ったお酒や食べ物で盛り上がる、いわゆる家飲みも昔はたまーにやってました。徹夜したこともあったりして(笑)。酔っ払ってやたら饒舌になる人、他人の家なのに自宅のようにくつろいだ挙げ句寝ちゃう人、居酒屋等で飲む場合よりもずっとフリーダムな光景が繰り広げられるのはなかなか楽しかった(笑)。何より密室のため、あまり他人には聞こえて欲しくないようなごく内輪の話や大切な話が出来るのも利点だったと思います。
そんなことにも参加しなくなってもう随分経ちます。参加しないというより行われないし行わなくなっただけなんだけど。年齢が高くなるにつれて、様々な縛りが人間の行動を制限し、体力不足等を理由に自分の行動範囲から出ていくことがなくなり、結果交流は消滅してしまう。ある程度は仕方のないことなんだけど、精神的な若さというものは失われるものではなく自ら失うものなのだな、というのは実感します。

てなわけで、どうしてもどうしてもむしゃくしゃしたりそんな気分だったりする時は、ひとりで居酒屋等に出向いて店のすみっこでだらだら飲んでる昨今です。貧民だしそもそもアルコールの味があまり好きではない私がそんなことをするのは滅多にないことなのですが、それだけにそこまでする時はよっぽど疲れてるんだな、と自分の状態を客観的に判断したりして。会話がなくてもいい、ただ誰か人間が存在している空間に身を置いていたいだけ。話を聞いて欲しい、というささやかな願いすら届かなくなった今、飲めもしない酒を無理矢理飲んで孤独を紛らす以外に方法はなく、しかしその酒代すら出せずに嫌でも孤独と向き合うしかない、いつ壊れてしまってもおかしくないなと自分に怯えている、そんな今日この頃です…。