うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

約束をするその指は、あなたが忘れた誰かの温もり

広島出身の知人が関東で働いていた頃、こんなことを言われたことがあるそうである。

「まあ、あなた広島なの?じゃあうちの子とは結婚しないでね」

「あの夏」から、もはや半世紀程度経っていた頃の話であると思われる。呆れ返るしかなかった。
しかし、こういった話は決して少なくないのだと、その後も時折耳にすることがあった。それは、ごく当たり前に平和学習というものを受けて育つ広島の人間には、衝撃とも呼べる出来事だった。

私の祖母は、あの日広島に住んでいた。爆心地から遠く離れた場所に住まいはあったが、行方不明になった家族を探すため、直後に広島市内にも入っていたようである。ちなみに、その時行方不明になった家族は今も見つかっていないそうだ。
私は祖母に一度も会ったことがない。若くして亡くなったからだ。私の知る祖母は、古ぼけた写真の中の、それも幼い頃に見たきりの、ぼんやりとした記憶の中に在るだけだ。
ただ、両親にも兄弟にも、おそらく親戚の誰とも似ても似つかない、私の肌の色は、この祖母から受け継いだものであるという。
(自分ではよくわからないのですが、北海道出身の知人が「北海道には確かに色の白い人が多いけどあなたほど白い人はそうそういません」との発言を残した程度には白いらしいです…)

母は祖母に何度か進言したそうだ。原爆手帳を取得した方がいいのではないかと。
しかし祖母は首を縦に振らなかったという。当時は被爆者への差別がそれは凄まじかったらしく、被爆の事実を隠してしまう人も少なくなかったようだ。
祖母が若くして亡くなった原因が被爆によるものかどうかは、当然ながら今となってはわからない。理由などなくても突然亡くなってしまう人などはこの現代にもいるし、まったく関係ない可能性も十二分にある。祖母の子供も孫も、皆それなりに元気で暮らしているし。

「広島駅から宇品の海が見えたんだ」と当時を知る人が直接話してくれたことがあったけど、それほどに何も無くなってしまった広島の街には、今や当時の面影はまったくない。少なくとも広島駅から宇品の海は決して見えないはずだ。わりと最近完成した高層ビルからは見えるかもしれないが。見える場所があったらごめんなさい。

街には人が溢れ、次の世代へと着実にバトンは渡されている。病気にかかる人もいれば、健康で長生きする人もいる。それは世界中のどこであっても、変わらない光景であるはずだ。

それでも、半世紀以上経ってもなお、無知による誤解を抱いたまま、平気で他人の心を抉る人間がいる。
あれだけ、あれだけたくさんの人が、当時の記憶を、原子爆弾の恐怖を、風化させてはならないと、事実を残していかねばならないと、何度も何度も、必死で、次の世代に、世界中の人に、伝えていく努力を続けているというのに。
広島で育った人には常識中の常識であろう、原子爆弾の投下された日付と時刻を、正確に言えない日本人は少なくないらしい。伝えられる本人が、無知のままであることを望んでいては、伝わるものも伝わらない。

東北で甚大な被害をもたらす地震が起こった。二次災害的に、原子力発電所で事故が発生した。

風評被害。いじめ。差別。
あの日から60年以上にも渡って、被爆者の方々を中心に必死で訴え続けてきたことが、よりにもよって世界最初の被爆国の住人に、まったく伝わっていないことが露呈した。
なんにも、変わっていなかった。

個人的な意見であるが、いじめや差別や偏見の根幹は「主に無知による自分の快を守るための他者への排斥の感情」だと思っている。知らないことに対して抵抗感を持つのは人間としてまあ当然のことではあるのだが、その状態から進歩できない人間がいる。
自分の物差しでは図れない。自分の常識では説明ができない。そういった存在に対して、とにかく自分の理解できる範疇に相手を閉じ込めようとする人たち。それは相手に対する、まったく愛情のない説教などといったものに形を変えていく。
それだけならまだいい。本当はよろしくないが、鈍い人間なら相手の意図に気付かないこともあるだろうから。閉じ込めることに失敗すれば、その感情は容赦のない攻撃へと変貌することがある。理解できないことへの不快感から逃れようと、それは段々とエスカレートしていく。

要するに、自分のことしか考えていないのである。この場合、当人の家族と呼ばれるものも、だいたい自分自身のことを指す。家族への愛情とかいう都合のいいものにすりかえているだけだ。
自分だけが助かればいい。自分だけが安全ならいい。自分だけが快適ならそれでいい。
「自分以外にも人間がこの世界に生きていて、彼等は全員自分とは違う人間である」ということを、理解できない人がいる。
知ろうとさえすれば、それはたいした問題ではないと気付くかもしれないのに。目を向けさえすれば、相手は自分と何も変わらないかもしれないのに。
事実かどうかなんて、何が正しいのかどうかなんて、どうだっていいのだ。自分自身以外にも視線を向けられれば、世界はひとつではないと気付く。気付くかどうか。ただそれだけ。
いかに自然に、「知ろうとする」能力を身に付けさせるか、それこそが家庭や学校における教育と呼ばれるものなのだろうとも思う。

しかし、この「無知による暴力」は、今日本の至るところで広がっていると感じる。このままでは日本は崩壊するだろうと何となく思っているが、その原因は政治でも経済でもなく、我々が幼稚になってしまった、ただそれだけのことではないか。いや政治が悪い経済が悪い、自分は悪くない自分には関係ない、と今ここで騒いでいるあなたこそが、この国を滅ぼすのだ。それはいつか、世界へと拡大していくのかもしれない。絶望的だ。

昨年、アメリカの前大統領が平和記念公園を訪問したことで、71年かけてやっと、本当に戦争が終わったように感じた。その71年の間に、どれほどたくさんの人の尽力があったのだろう。想像するにあまりある。
それなのに、その努力すら理解できないほど我々が愚かになってしまったとあっては、情けないを通り越して恐怖すら感じる。このままでいいはずはないだろう。どうしたらいいのかはわからないのだけれど…。

今こそ、勇気を出して原爆資料館に行ってみる時なのかもしれない。普通はその機会があるのだが、実は一度も恵まれず、また私自身が「あなたはあそこに行かない方がいい」と何度も言われてしまうような脆弱な心の持ち主であることから、今までずっと避けていた。東日本大震災もショックが強すぎて、実はいまだに映像などが見られない。ただ、無知のままでいいとは思っていない。

72年目の空も青かった。73年目の夏もいつものように暑い1日になるのだろう。変わらないものがある。変えてはいけないものがある。だけど、我々がこのまま自分自身を変えないことに固執するならば、夏は再び我々に訪れると、いつか約束してくれなくなるのかもしれない。