うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

名も知らない街へ地図も持たずに歩く拷問

お題「結婚」

思いっ切り躓いてしまったあの頃、専門家の先生が言った。

「原因は親の愛情不足です」

二人になった時、母は烈火のごとく怒っていた。
「何が愛情不足だ!たっぷり愛情かけてやったわ!」
「今までうまく育ててきたのに」

般若の形相で怒り狂う母親を、口をきく気力すらなく黙って見つめたあの時に、たぶん私の中で何かが壊れてしまったのだと思う。
いや、とっくに壊れていたものの正体が、自分の抱えていた疑問の答えが、明確になったという方が正しい。

あんなに驚いたことが人生にあっただろうか。
うまく育っていると思っていたなんて。
本気でそんなこと思っていたならどうかしている。

そうか、この人は「私自身」のことなんか何も見ていないんだ。
大事なのは自分の体裁だけなんだ。
そんなことずっとわかっていたけれど、目の前に突き付けられた事実は、私にとってあまりに酷だった。

私が本当に、母親を「ものすごくよく知っている近所のおばさん」程度に捉えて生きよう、と決意したのはもっと後のことだが、それは別の機会に譲る。

ずっと「お前より不幸な人なんかいくらでもいる」と言われ続けて育ってきたし(友人知人からの発言も含めて)、そういう人は実際にたくさんいるので、自分の親はどうもおかしいのではないかと幼い頃から感じつつも、実際に確信するまでには相当な年月を要した。
「大変な思いをして産んでやったんだし育ててやってるんだから、産んで欲しくなかったとだけは絶対に言うな」と何度も言われ続けてきたけれど、心の底から産んで欲しくなかったので、釘を刺されて何も言い返せないのがつらかった。
「親は子供に対して何をしてもいい」と激怒しながら、何度も何度も「普通の親ならたぶんしない」ことをやっていた。さすがに情け無さすぎて、今はまだ書く勇気がない。冒頭で私が躓いた原因は、お金の稼げない自分には何の価値もないのにこのままでは稼げない、と思ったら一歩も動けなくなってしまったからだけど、 それを知っても母親は同じ事を続けていた。

母は「まともじゃない家庭」が嫌いだった。そういう家庭の人のことは誰であろうと容赦なく貶していた。芸能人、同級生、近所の人、身内、誰であろうと関係なかった。ただ、母にとって「まとも」ではないだけで、その基準は私にはわからない。
そして「不幸な家庭は繰り返す」が口癖だった。

だから私は、小さな頃からずっとずっと思っていた。

じゃあ、私もお母さんと同じことをするだろうって。
こんな惨めで情けない思いを自分の子供にさせるなら、私は絶対に結婚なんかしない。

それに、ただ道を歩いているだけで、ただ生きているだけで、容姿に対して酷い言葉を幾度となく浴びせられる私などを伴侶に選んだら、その相手は一体何を言われるか。あまりにもかわいそうだ。しかも相手は高学歴で容姿も美しく、お金持ちの立派な人でなければまず母親に貶され続けるだろう。そんな人が私を選ぶはずはない。
私は結婚などしてはいけない人間だ。一生一人で生きていこう。そのために一生懸命勉強してお金を稼げるようになろう。そうでなきゃ生きてる価値がない。

小学生の頃には、そういう誓いを立てていた。別におかしなことだと思っていなかった。お金さえあれば親は満足するだろうと思ったから。

しかし今、母親は幾度となく私に言う。
「早く結婚しなさい」
「孫を産め」

子供の頃にはほとんど言わなかったのに、である。
お金も稼げず、いつまでも一人でふらふらしている娘など、もはや自慢の種にもならず何の価値もないのだろう。結婚してくれれば世間体も保てるし伴侶の稼ぎが当てにできる。世間体が大事なだけなので孫の面倒なんか一切見ないだろう。お金がもったいないから。

「不幸な家庭は繰り返す」っていつもいつもいつも言ってたの、お母さんだよ。
繰り返す人を馬鹿にしてたの、お母さんだよ。
私は馬鹿にされない人になろうとしただけだよ。
何がいけないの?

それに、気付いてしまったのだ。
母と同じことはしたくないと思っていたのに、
大切な人たちに、母とまったく同じキレ方をしている自分に。
もう、駄目だと思った。

でも私の声なんか届きはしない。母にはもちろん、どこの誰にも。
だからずっと、黙っていた。
説明せずにやり過ごすには、興味のない振りをしておくしかなかった。

そこを友人たちに叩かれる。
「どうして結婚しないの?○○なの?」
「○歳までに結婚してない人には何かあるよ」

この人たちは私の母と一緒だ。
世間体が大事なだけで、本当は自分以外の人間なんかどうでもいい。
旦那なんか誰だっていい。結婚さえしてくれれば。
歩けもしない子供を預けて仕事もするし、子供はおばあちゃんが育ててる、とはっきり言うことも厭わない。子供なんて世間体を保つための道具に過ぎないから。子育てが面倒なだけだけど、お金がないんだからしょうがないって言っておけばいい。
でも、そんな自分に気付いてない。

まあ、そこまで言うのは穿った見方かもしれないけれど、子供の性格や性質によっては、親にいて欲しい時にいつもいなかった、という経験は将来大きな影を落とすことになるだろう。たくましい子供たちであることを祈るのみだ。
そうでなければ、私みたいになるから。
せめて、私はお前を食わせるためにこんなに頑張ってるんだ、という態度を示すのはやめてあげて欲しい。あれはきつい。やってる人を見ると、どうしようもなく胸が疼く。好きで産んだの、あんただろ。

でも、他人の家庭のことなんか結局どうでもいい。余計なお世話であって当人の自由だ。
どうでもいいけど、結局同じだから、子供の話すら聞いてないんだから、そりゃ他人の話なんか聞かないだろう、というだけのこと。
けど、実態がどうであれ、世間が私とこの人たちを比べた時に、「まともな人」と判断されるのは、私ではないのだ。
まともじゃないから断ち切ろうとした、それだけなのに。

親が誰であろうと、私はそもそもずれた人間なのだと思う。だから育てにくかっただろうとは思う。
母が「普通のお母さん」よりもずっとずっと苦労しているのも知っている。
おそらく半分以上趣味でパートに出て、仕事が終わればパート仲間で外食、自分や旦那の親に家まで買ってもらい、住むところや食べるものの心配などしたこともなく、子供の出来が悪いと適当に嘆いておくくらいしかやることがないのに、自分は世界でいちばん大変だと思っている、そんな人々を見るたびに、あまりの母との境遇の違いに、母親がかわいそうでならなかった。こういう人たちから見れば私の育った家庭など「あそこよりはマシ」と自分たちの価値を確認するために無意識に蔑む対象に過ぎない。せめてもう少し経済的に「普通」であったなら、あそこまで歪まなかったのではないかと母を見ていて思うことも事実である。

それでも、もう限界だ。
いやずっと限界だった。
自分が生きていくことすら難しいのに、親の人生まで支えられない。期待に応えられない。
私が倒れても、誰も助けてなんかくれないのに。絶望的な共倒れになるだけだ。

私が本当に誰のことも必要としない人間だったらどんなに幸せだったか。
自分を好きにならなきゃ何も始まらないよ、とありとあらゆる人たちが言う。
あなたはその自己肯定感とか呼ばれてるっぽいものを、小さい頃にご両親から貰っていたのだよ、当たり前のように。
だから、それを貰えなかった人がどうすればいいのかがわからないんだよ。
わからないくせに、こうすればいいのにって結果だけ求めているんだよ。
そういうの「バカ」って言うんじゃないんですかね。
そして貰えなかった人はもっとどうすればいいのかわかんないから、運良く親の代わりに与えてくれる誰かに出会えればいいけれど、そうでなければそれを与えてくれるフリをして金だけ巻き上げる何かに騙されるのが関の山。

それでも「結婚してる人はまとも」なんだって。
一人でいる人はおかしいんだってさ。
もうそういう考え方やめたらいいのに。
どうしても駄目だって言うんなら、お金を出せば?
まともな人が増えるように、給料を上げたり世話をしたりすればいいんじゃないですかねー。
結局、あなたが「まともな人」って呼ばれたいだけでしょ。
そんな奴等に、人間のクズみたいに扱われるの、もうウンザリだよ。

私がこういう風に思って生きてきたことはほとんどの人が知らないだろうし、知ったところで何とも思いはしないだろう。
本当のことを話したって聞いてくれないから、道化の振りを続けてきたけれど、それも私自身だけど、少々疲れたんだ。私はあなたを気分良くさせるためだけにいるんじゃない。そんなの友情とか愛情とか言わない。