うさぎパイナップル

ただ、書くことが好きなだけです。

All Japan Medalist on Ice 2014④

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓

usagipineapple.hatenablog.jp

 

そんなこんなで2014年の全日本選手権も終了。今年は昨年のような胃の痛い思いをすることはないだろうと思ってたのに、蓋を開けてみればやっぱり胃が痛い。何故かというと男子の代表争いのせいです。女子はジュニアの子たちを除いて順当に宮原さん・本郷さん・佳菜子ちゃんが選ばれるだろうと思っていたし実際その通りだったので特にやきもきすることもありませんでしたが、男子ですよ男子。

まず羽生君は当確。あの子を出さない理由が何一つ無い。しかし羽生君以外が問題。鍵を握るのは宇野君。宇野君がジュニアの代表になるのかシニアの代表になるのかで大きく運命が分かれてくるからです。
昨年は表彰台に乗りながらもオリンピック代表になれず、もしかしたら初めてかもしれない涙をカメラの前で見せた小塚君。あの涙はもう見たくなかった。でも今シーズン、小塚君の全日本以外の成績は決して良くはなく、全日本までの結果を考慮すると4位に終わったとは言え町田君が選ばれる可能性も高い。しかし全日本の表彰台というのはとても重要なもの。昨年の世界選手権の銀メダリストである町田君が選ばれないという、信じられない事態も十分に起こり得た。
宇野君本人はジュニアの世界選手権に出たがっているという。宇野君をシニアの代表に選ばないのであれば、小塚君と町田君で文句なく決定のはずである。ふたりのファンは代表発表まで生きた心地がしなかっただろう。ふたりとも大好きな私は当然のように死体でした(泣)。

そして迎えた代表発表。女子やアイスダンスの代表が順当に発表される中、やはり宇野君がジュニアの代表となり、シニア男子は羽生君・小塚君・町田君の3名に決定したことが告げられる。ああ良かった。大好きな選手たち全員で代表だなんて夢のようだ。体調不良のため羽生君がこの場にいなかったことは残念だったけど。そう、この場に出てこれなかったほど、彼の腹痛は酷かったのだ…。

しかし。全国が衝撃の谷に突き落とされたであろう発表が、もうひとつ待っていた。

イヤな予感はしていた。フリーの後のインタビュー。妙に言葉少なで、サバサバしていた彼の応答。「年末の日本」にやたらこだわっていたフリーの第九。ショートプログラムの後に見せた涙。

今シーズンが最後だろうと覚悟はしていた。きっと上海の世界選手権が現役の彼の見納めだろうと思っていた。

どうして今なの、町田君?
ぶっ潰すって言ってたじゃない、羽生君のこと。羽生君の持ってる金色のメダル、次は狙うって言ってたじゃない。世界選手権で本気のふたりが見られるのを、ずっとずっと待ってたのに。町田君なら、あなたなら、本当にあの最強と言ってもいいくらいの羽生君をぶっ潰せるかもしれないのに。羽生君も本気の町田君との対決を待ってたんじゃないの…?
それなのに今、辞めてしまうの?

引退後は進学して研究者を目指すこと、その準備のために世界選手権を辞退すること、彼の口から流れてくる言葉の数々を、たぶん私はすぐには受け止めきれなかったと思う。でも、彼が現役を引退する、その事実だけをやっと理解した時、私の心に浮かんだ言葉は、ただこのふたつだった。

「ありがとう」「楽しかった」

町田君の存在を知ったのは、地元の新聞に載っていた小さな記事だった。広島に男の子のスケーターなんているんだ、と当時確か中学生だった彼の名前は何故か強く私の胸に残った。あの時の子は今どうしているのだろう、とテレビや雑誌で彼の姿を探した日々。初めてアイスショーで彼の演技を見た時の衝撃と感激。あの子はこんな素敵なスケーターになっていたのか、と本格的に応援するようになった。シニアデビューして新聞にも大きく取り上げられるようになって、でもなかなか結果が出せなくて、テレビ放送では「その他大勢」扱いで演技がダイジェストでしか流れなかったりなんてしょっちゅうで、広島にもいい選手がいるんだよ、と周囲に主張しても相手にしてもらえず、地元の小さなイベントで明らかに世界レベルの美しい演技を見せられては「君の活躍の舞台はもっと大きな世界のはずなのに」と叫び出しそうになる、そんな歯がゆい思いでテレビの前や客席で活躍を祈った日々。初めてグランプリシリーズで優勝し「明日は絶対に地元の新聞の一面」と確信して実際その通りだった時の言葉にしがたい喜び。遠い夢でもあり手の届く願いでもあったオリンピック。徹夜で見届けた檜舞台。
それからの1年に満たない日々、嘘のようにトップ選手としてマスコミに扱われ、嬉しい半分寂しい気持ちも味わいながらその姿を追った。口にすると本当になりそうで誰にも言えなかったけど、きっと今シーズンが最後なんだと、彼の言葉の端々から感じていた、楽しいけど不安な毎日。そしてついに、けれど突然、その日は訪れた。

選手としての彼をメディアを通して応援する毎日の中で、町田君が確かにこの街に暮らしていたことを感じさせる出来事にいくつも遭遇した。広島はフィギュアスケートのファンにとって不毛の地に近い。アイスショーすら10年近く開催されず、「一部地域」に該当して競技のテレビ放送がないこともしばしばだった。ソルトレイクからの13年、常に物足りない思いを抱えて過ごしていた私にとって、町田君の存在はひとつの希望だった。
自分の心の琴線に触れたスケーターが、自分の暮らすこの土地に現れ、しかも世界でいちばん愛したスケーターに見出され、彼の振付で滑り、その才能を開花させていった。その過程を、この広島の地で見守り続けることができた。
まるで奇跡のようだ。これが幸せでなくて何が幸せなのだろう。あの記事を見つけた日から今日まで、本当に楽しかった。夢みたいな日々だった。本当に、本当にありがとう…。

混乱しながらも、私の心はその想いだけで一杯だった。せめて最後に手紙でそれを伝えたいと思った。お風呂の中で文面を考えていると、ようやくこれは現実だと気付いた私の目から、涙がとめどなく溢れた。

以下次号。