うさぎパイナップル

主にフィギュアスケートの旅日記とテレビ観戦記とお題記事・ただ書き散らして生きていたい

Fantasy on Ice 2011 in Niigata⑨

※この記事は昔書いたものを修正して今更載せています。詳細についてはこちらをご覧ください↓

usagipineapple.hatenablog.jp

 

さあ、私にとってのクライマックス。胸に手をあてて息を整える。
ステファン・ランビエール

まずは夜公演。
ラフマニノフのプレリュード。
ウィリアムテルの衣装に似た、ボタンの付いた黒いコスチューム。
ただ立っているだけで、美しいシルエット。
そっと空気をなでるように、力強く柔らかく振り下ろされる腕。
オープニングの少年のような無邪気さとも、前半の退廃的な雰囲気とも、また別人。音楽そのものが氷の上を踊っている。
鍵盤を叩く見えない手、誰もいない舞台、たったひとりで音色を奏でるピアノ。見えない手の主は鍵盤にこぼれる月の光…。浮かぶのはそんな情景。

絶品。何も書けないくらいに。

静まり返る会場。固唾を飲んで見つめる観客。私もそのひとり。静寂こそがこのプログラムには最大の賛辞。
ステファンが氷を削る音と音楽以外は一切何もいらない。何も耳に入らなければいいのに。
意識が彼方に消える。無になる。
このプログラムは哲学である。そんな気がする。

彼のラフマニノフの世界は完成したんだな、と思いました。私の勝手な感想だけれど。

演技後、私のいた北側にちょっと長めにお礼してた気がする。ラッキー(笑)
席が通路の隣で良かった。距離はあってもしっかり見られたもの。
隣の席のお姉さんたちは「ランビは王子だね!」とご満悦でした。まあ黙って滑ってればね(ぼそっ)

そして日曜日公演。
さあ、新潟最後のラフマニノフを堪能し尽くすか…と暗がりの入場口に現われたステファンを見つめる。

アナウンス。バレエダンサーだとかアーティスティックだとかいった感じの、昨晩と同じ紹介だった、と思うけど。
最後が、違った。

世界初披露のプログラムを滑ると、アナウンスは言った。

「え?」
思わず、声が漏れる。

ライト。
赤紫の衣装。上下で少し、色が違う。

流れ出す音楽。クラシック。誰もが知っているであろう、あの曲。
チャイコフスキー、ヴァイオリン協奏曲。

ジャンプやスピンや振付や、細かいポイントについてひとつひとつ感想を言うことができたら良かったけれど、今回は、今回も、無理。
あまりにも、あまりにも胸がいっぱいで。

華やかで優雅な音楽と戯れるように、氷上を踊るステファン。
その姿は、滑る喜びと、生きている喜びに溢れているかのようだった。

たぶん、今の私に一番必要なものを、彼は見せてくれたのだ。

私の凍り付いた心は、ステファンが福岡で滑ったプログラム「Bring Me To Life」の歌詞そのもののようだった。ステファンが今日もあのプログラムを滑っていたら、私はきっと泣いていたと思う。そうやって浸るのも、良かったのかもしれないけれど。

ステファンの演技は、その先へと進むもの…まさに「私に命を」与えてくれるものだった。
私はやっぱり目頭が熱くなったけど、それは悲哀の涙ではなかった。

ステファン、いいんだね。私はもう笑ってもいいんだね。
当然だけどステファンは私の事情など何も知らない。知っているはずもない。
だけど何も知らなくても、その存在や行動が誰かを救うことが、人の人生には時として起こりうる。

何故、台風の迫る中、行くつもりのなかった新潟に何が何でも向かったのか。
何故、そこまでして。
その答えが、嫌と言う程にわかった。
すべてはこの演技のために。この演技に出会うために定められたことだったのだ。
ステファンの情熱が、何もかもを信じられず、心を閉ざした私の凍り付いた心を、溶かした。溶かしてくれた。

私は国旗を振らなかった。そんな場合じゃなかった。この演技に心から感謝すること以外に何ができただろう。手が痺れて感覚が無くなる程拍手を送った。ステファンの姿が完全に見えなくなるまで。
ありがとう、ステファン。あなたに出会えて良かった、本当に良かった。

こんな感想を読まされた皆さんの「何言ってんの?」という顔が目に浮かぶようだけれど、たとえ引かれても、何と言われてもいい、この気持ちを素直に書いておこうと今回は思いました。もしドン引きされたならどうぞ華麗にスルーしてください。

私の個人的な事情が存在しなかったとしても、やっぱりこのチャイコフスキーには感激したと思います。競技プログラムのような完成度と、ステファンの演技の「陽」の部分が凝縮したような世界観は、絶品以外の何物でもなかったです。ステファンの演技にはとても品があると思うのだけど、それを存分に感じられるプログラムでした。
たぶん、4回転も入れてたと思う。ショーのプログラムには見えなかった。とても引退した選手とは思えませんでした。
…衣装はちょっと謎だけどね(笑)

世界初披露ってことで、ステファンも緊張したんじゃないかなあ。演技を終えた後挨拶して回る姿は、何だかホッとしているように見えました。

ああ、本当に本当に胸がいっぱい。ステファンにはいつも感激させられるけど、こんな種類の感動までもらえるなんて。福岡の旅日記で同じことを書いたけど、また書かずにはいられない。私、一生ステファンのファンでいる。この命ある限り、いつまでも、いつまでも。

このチャイコフスキーのプログラムの感想の部分だけ、全部ではないですが、新潟から東京へ向かう新幹線の中でとにかく書き留めておいたものです。今回の旅日記はかなり時間が経過してから書いていて、特にショーの細かい部分は忘れてしまっています。でもチャイコフスキーの感想だけは当日のフレッシュな気持ちそのものです。今読み返すと恥ずかしいけど、このまま残しておくことにします。たぶん伝わらないと思うし伝わらなくてもいい。でも、私にはとても大切な記憶です。忘れてしまいたくないから、せめてその欠片をここに置いておきます。

悲しい想いが消えたわけではないし、それは消えるとか消えないとかいう話ではないとも思う。けど、この日のステファンの演技は、確実に私の人生にもういちど光を与えてくれた、そう思うのです。

以下次号。