うさぎパイナップル

フィギュアスケート旅日記とテレビ観戦記とその他色々色々・ただ書き散らして生きていたい(ライター始めました2018)

最後の幻を神が吹き消すその前に

もう10年以上、ひとりで暮らしている。

やっと就職が決まり、実家を離れた。貧しい家だったから、必要最低限の家電以外ほとんど家具もない状態での引っ越しだった。当分の間、本棚は段ボールで作っていた。テレビの台もなく、床に置いていたような記憶がある。

少しずつ家具を買い揃え、自分で組み立てて、どうにか部屋らしくなっていく過程はとても楽しかった。

ずっとずっと、早く家を出たかった。いちいち親に車を出してもらわなければどこにも行けないような不便な土地を離れたかった。楽しい思い出のほとんど無い地元が嫌いだった。
家族が嫌いなわけじゃない。今だって決して嫌ってはいない。でも、家族から離れなければ自分は駄目になるとずっと思っていた。同じ家に暮らしていても、考え方が似るわけじゃない。違和感を覚えながら、その違和感に取り込まれて平気で人を蔑むようになっていくことが苦しかった。誰かの顔色を伺って、誰かの許可を得なければ一歩も踏み出せない自分がもどかしくて仕方なかった。

自分の足で歩きたかった。自分の意思で生きたかった。

掃除も洗濯も料理も全部自分でしなければならないことに最初はとてつもなく疲れた。けど、お皿も、カーテンも、洗面器も、全部自分の趣味で決められる。お金がなかったからなかなか思い通りにはいかないけれど。テレビのチャンネルだって権利はいつでも自分のもの。大好きなフィギュアスケートの番組を見ていても怒ってテレビを消されたりすることはない。ごはんだって好きなものが食べられる。好き嫌いの多い私は食べられないものを食べろと言われるのがたいへんな苦痛で、また食べられないものを捨てなければならないことも胸が痛んでしょうがなかった。その苦しみから解放されたことは、実はとても自分の心を軽くした。

小さな頃から、間取り図を見るのが大好きだった。どこにどんな風に家具を配置するか、壁の色はどうするか、クローゼットに何をしまうか。妄想するだけでとてもとても楽しかった。インテリアのすべてを自分の好きなように決められる生活は私の夢だった。

車通勤の同僚を飲み会のたびに泊めて、色々な話をした。私の作った目玉焼きが酷すぎて捨てられたことがあったっけ…。目玉焼きもまともに作れない人間がいるなんて、それが自分だなんて思わなかった…。料理は今でも大の苦手だ。苦手というより興味がない。でも、何とか生きている。
色々な人が遊びに来た。つらくて壊れそうだった時に遠くから尋ねてきてくれた人もいた。深夜まで長電話に付き合ってくれた人もいた。ひとりの部屋に電話の声は響く。みんなで集まってお酒を飲んだ日もあった。

今、この部屋のチャイムを鳴らすのは宗教の勧誘だけだ。さもなくば新聞かよくわからないサークルか。どうせろくな訪問者ではない、と居留守を使ったら、ドアポストがガタリと音を立てる。宅配便だったか、申し訳なかったなとポストに刺さっていたものを引き抜くと、やはりそれはどこぞの宗教のチラシだった。せっかくなので読んでみたが、色々な人がいるんだなあと思った。こんな機会でもなければ何を主張しているのか知ることもないし。過去には直筆のお手紙をいただいたこともある。なかなか家にいないので、とのことだったが、直筆のお手紙のパワーって凄いものがあるなあ。もちろんお返事はしませんでしたけれど。

10年以上見ていた、ささやかな幸せの幻。
でも、それは幻。

ここは最初に暮らしたあの部屋ではもうないけれど、私は今もひとりで生活している。世界から隔絶されたたったひとりの部屋で、命が尽きるのを静かに待っている。生活レベルはどんどん下がり、もう何年も新しい家具は増えず、部屋の中は代わり映えしていない。冷蔵庫の中に入っているのは、お米とお茶と塩だけ。
私の城。今は誰も訪ねてこなくなった砂の城。私が私でいられるただひとつの空間。どこへ行ってもはじき出され、どこまで行っても見つからなかった私の、この世界でたったひとつの居場所。

この唯一の私の居場所すら、私は今、失おうとしている。
どこへ行けばいいのだろう?行き先などどこにもないのに。

その昔、「あなたの人生のテーマは守ってもらうことだ」と占い師に言われた。自分がひとりで生きていける人間じゃないことはかなり前から自覚している。でも誰かと生きている人間はひとりでも生きていける人間だ。だから私はこれからもひとりで生きていくだろうし、生きていかなければならない。生きていけるだろう、きっと。だから私のこの城を守らなければならない。私を守ってくれる居場所を守らなければならない。でも、私はもう力尽きようとしている。

神様、私から居場所を奪わないで。やっと見つけた私の居場所を。何も与えないくせに何もかも私から奪ったあなたに、私はもう何ひとつ渡したくない。

明日にも失うかもしれないこの部屋で、私は誰に届くのかわからないこの言葉の糸をせっせと紡いでいる。ひとりになってはじめて、私は自分の人生を歩くことができた。自分から電話をかけることも、気軽に買い物もできなかった私はもういない。私はその先を失敗してしまったけれど、これからひとりで暮らすことになる自分で自分の壊れた人生の土台を作り直さなければいけなかった私のような誰かに、その新しい部屋に自分を縛っていた糸を切るはさみが見つかるかもしれないと伝わったらいいなと思う。そしてその部屋にもうひとつ見つかるものが、探していた幸せであるようにと。

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