うさぎパイナップル

フィギュアスケート旅日記とテレビ観戦記とその他色々色々・ただ書き散らして生きていたい(ライター始めました2018・生活の糧と居場所募集中)

断ち切って捨て去って離れても、それでも残ってくれたならきっと君は宝物①

ここ数年の間に、そこそこ大規模な断捨離を3回実行しています。

1回目は「明らかに捨ててもいいし整理しなきゃいけないんだけど時間が取れずに出来なかった」ものを捨てるための断捨離。
ずっと無意味に忙しかったので放置されていた書類やら、中を開けてゾッとした棚の中やらを本格的に掃除。この時がいちばん量を捨てました。シュレッダーにかける系のゴミだけで3袋くらいあったと思う…。

2回目は、その時から増えたもの(主に書類)と、1回目で思い切れなかったものを捨てるための断捨離。1回目の断捨離の際にわりと今までためらっていたものも捨てたので、あまり量がなかったかな。大規模と書いたけどそこまでじゃなく、わりと中途半端な断捨離でした。

そして3回目。2回目の中途半端さにある程度ケリをつけ、1回目で思い切れなかったものを今度こそ思い切るための断捨離。だったような気がする。

私は家事は苦手ですが、唯一片付けだけは人並みにできるのではないかと思います。小学生の頃、学校の机の中がクラスでいちばん綺麗だったのはたぶん私です。物の場所をきちんと決めて見た目美しく収納する、という意識が6歳にして自然にできてました。
狭くて物の多い家で育ったので、収納はいつだって悩みの種。よってスキマ収納的な技術もごく当たり前に身に付いていったのかな、と思います。っても家族は皆片付けが得意ではなさそうだったので、関係ないかもしれないですが。

断捨離と掃除で運気が上がる!理論はよく耳にしますが、ピカピカとまではいかなくても、そこそこ普段から片付けてはいる(忙しかったり体調が悪かったりするとやっぱり散らかるけど…)私の現状は長期にわたっての絶望的な貧困だし、排水溝から悪臭が漂うようなアパートに住んでても金も幸せも持ってた人もいるので、気休めに過ぎないよなあ、とは正直思いますけれど、お金がない、ホントはあったとしてもお金がない、っていつも言ってる人の家は、確かに片付いてないな、と感じることが多いです。って言うか物が多い。どこに布団敷いて寝てるんだ?と疑問に思うくらい物が溢れてる。んで、だいたいその溢れてる物を「これ欲しい?」と聞いてくる。
たぶん、本人も本当は捨てたいんだろうなと思うんですよ。でもできないから他人に押し付ける。プレゼントしてあげた私なんて偉いの、って思えるし。「あれ使ってる?私があげたよね」と聞いてきてびっくりしたり。記憶力もいいのだろうけど、物への執着とも言えるだろう。たぶん。
だけどさ、とっくに成人してる子供の使ってた赤ちゃん用の椅子を「誰かが使うかもしれないから」って足の踏み場もない家に置いてる意味はやっぱり無いんじゃないかな。絶対とは言えないけど、たぶん誰も欲しがらないよ、錆の浮いた椅子なんて。英語を勉強してるって雑談に、子供の使ってた参考書(たぶんもらいもの)を使う?ってすかさず聞いてくるなんて、本当は要らないのに捨てる勇気がないだけだって証拠じゃないのかな…。
中には本当にありがたく使わせていただくものもあるので一概には言えないけれども、「いつか使うかも」「誰かの役に立つかも」「売ればいい」って考えの元に置いているモノは、たぶんそのどの目的も結局果たせないものばかりなんだろうなあと思った。車がないと売ったり捨てたりが難しかったり、捨てるのに費用がかかってそれすら厳しい、という場合もあるけれど、それはすなわち貧困状態だということ…。
片付いてなくても物が多くても、それで本人が幸せならば口を出す必要はないのかもしれないけど、私のように孤独死した場合を常に念頭に置いて暮らしているような人間にしてみれば、ある程度片付いてた方が後々楽だろうな、とは考えてます。

てなわけで、3回目の断捨離。普段から簡単に捨てられるものはそこそこマメに捨ててるんですけど、ある程度本腰を入れられないと片付かない場所とか物ってあるじゃないですか。

まず洋服。実は1年以上、1着も服を買ってません。最後に買ったのはバーゲンで底値になってた服が3着。靴下とか消耗品に近いものは買ったけどさ、コートとかカットソーみたいなやつはその時が最後。安いものばかりだけど新しい服を買うのは本当に楽しくて大好きだったが、今はとても服に金をかけられる状態じゃない。
だから全然増えてないんだけど、よれよれになってたんだけどかわいくて捨てられなかったものとか、もらったはいいが気に入ってないものとか、あと「嫌なことを思い出すもの」をチョイスしてバッサリ。カバンとかベルトとかもガッサリ。
とは言っても一度大幅に捨てているのであまり量は無かったけど、残した服もさらに半分にしてもいいかなあ、と思い始めてはいる。買い直す金がないからあまり減らすと着るものが無くなっちゃうけど。

それから本。何年も金欠だったので、こちらもあまり増えてないし、買う時は厳選して買ってるので手放すものもあまり無いのだが、それでも売り払おうと思って1回目の断捨離の時にまとめておいた本の一部を捨てた。運ぶのが重くて大変、という理由があるにしろ、結局いつまでも売りに行かないなら捨てたものと変わらないだろう、と思い切った。カバーもかけて綺麗に保存してある漫画なんかはやっぱり思い切れなかったし、結局残してしまった本もあるんだけど。
そんな生き残った本の中に『メガネ男子』が…。『ガリレオ』のドラマと映画の湯川先生に自分の理想のメガネの完成形を見たと思った私のメガネ男子ブームは一応の収束を迎えたはずだったのだが、ディーン・フジオカの登場に「地球はこれをどこに隠していたのか」と驚愕し、この分野からは出てこないだろうと思っていた分野から究極のメガネ男子が現れてしまったのでまた復活気味だったのである。そう、ピンときた方もいらっしゃるであろう、羽生結弦氏だ!メガネ男子だからチェックしていたわけではなく純粋にスケーターとしての魅力に惹かれて応援していたので、メガネ男子としての素養も非常に高いと気付いた時の私の衝撃をいったいどう表現したら理解してもらえるだろうか。たぶん幼稚園くらいからの筋金入りのメガネ男子好きの私が言うんだから間違いない。あれは究極のメガネ男子です!※幼稚園の根拠:『キャンディ・キャンディ』はステア派だったから←皆さん誰派ですか?
…断捨離とまったく関係ない話ですみません(汗)。石油掘りあてたら自分のためにメガネ男子しか出てこない女性向けゲーム(今は乙女ゲームって言うの?)作るんだ←好きにしろ

ほかにもあちこち旅行して集めたパンフレット、1回目の断捨離の時に捨てた雑誌から切り取って残しておいた気になる有名人や料理のレシピなどの役に立ちそうだと思ったページ、いつか勉強し直そうと思っていた学生時代の語学のテキストなんかもドッサリ捨てた。フランス語のラジオ講座のテキストだけは勉強してからにしようと思ってかなりの量をちゃんと問題解いたりしてから捨てました。まだ残ってるけど、山積みだった頃を思うとほんのちょっとに。
1回目の時にあんなに捨てたのに、こんなにまだまだあったとは…。本のデザインやら装丁やらも好きで見てしまう人間なので、捨てるのはかなり心が痛むんですけどね。でも誰かが手伝ってくれるわけでもないから、自ら思い切るしかない…。


ちょっと長過ぎなので、2回に分けることにいたします。そんなわけで続きはまた明日。