うさぎパイナップル

フィギュアスケート旅日記とテレビ観戦記とその他色々色々・ただ書き散らして生きていたい(ライター始めました2018)

壁に向かって言葉を打つ

まだまだモヤモヤしてます。これが載る頃にはどうかな(予約投稿)。当分ダメかもしれないですね…。

今日はモヤモヤついでに。
私は昔から、どうもあの「ポジティブシンキング」というやつが苦手でした。
いや、思考自体を否定してるわけじゃないです。楽しい方がそりゃいいです。楽しいこと最高ですよ。
でも、いつもいつもそれでなきゃいけない、っていう考え方は違うと思うんですよ。それははっきり思います。
いつもいつも明るくいることを強制するのは暴力ですよ。そんなに人間って単純にできてないです。
結局のところ、「自分を不快にさせるな」っていう要求なんだなと思います。一回も後ろを向いたことがないのかもしれないけど。でもそれなら、何故その考えを「ポジティブ」と判断することができるのか?

その人に楽しく生きて欲しい、って純粋に願ってる場合もあるので何とも言えないですが、でもいつもいつも楽しく生きてるなんて無理です。それは絶対無理。てかそうやって無理しちゃダメです。つらい時はつらいって言わなきゃダメです。言わないと「だって何も言ってくれなかったじゃない」って棚に上げられます。人ってそんなに他人のことなんか気にしてないです、良くも悪くも。
本当はその叫び声に気付ける世の中じゃないといけないはずなんです。でも、何故か助けを自分から求めないといけないような風潮になってます。だったら叫ぶしかない。誰が不快に思おうが叫ばないと壊れてしまいます。いつも笑ってたらあなたの心の涙を誰も気が付かない。また笑えるように叫んで欲しい。あの人はダメでもこの人なら気付いてくれるかもしれない。
確かにネット見てると、ああ大丈夫かなこの人、ってつらく思う時はあります。でもその人はたぶんどうしようもなくてそうしてる。その声がダイレクトに自分に向いてるのなら、それはしんどいかもしれない。でもそうじゃないでしょう、ほっとんどの場合が。それを勝手にしんどくなって、その人が悪いことにしてしまうのもいい加減自分勝手じゃないかと私は思います。自分にもよくあるので、反省も込めてますが。でも、そうやってしんどくなることで、何が自分にできてできなくて、社会はどのような人で出来ているのか、等々考えるきっかけにはなります。ポジティブシンキングって、そういう時に使うものではないのか…?うーん…。

だらだら持論を展開するよりも、これを読んでいただいた方が早いだろうという作品があるので紹介します。

それは『からくりサーカス』。藤田和日郎さんが少年サンデーで連載していた漫画です。
読めば早いと書きましたが、実際はかなりの長編なので早くとはいかないかもしれません(笑)。でもたいへんに名作なので、きっと手に汗握りながら読んでいただけるはず。
そして私が何故これを挙げたのか、きっとそのあまりにもインパクトのあるページで気付いていただけるのではないかと思うのです。
ネタバレになってしまうので書けないですけど、私の感じてた違和感の正体みたいなものを、これ以上わかりやすく示した作品はないです。ここまでそれを書ききれてるものはほかには知らないです。たぶんあるけど知らないです、すみません。すごい漫画家さんですよ。説明がこれだけでは何のことかわからないとは思いますが(汗)、是非一度読んでいただきたい作品です。本気で号泣してしまった素晴らしいシーンもたくさんありますよ。

藤田氏の作品にはほかに『うしおととら』というたいへんな名作があります。こちらもむっちゃくちゃオススメ。号泣した漫画ベスト5に入るかもしれない。その感動をぶち壊しにする巻末のなぞなぞコーナーが最強過ぎるので、そういう意味でも真剣にオススメです(笑)。あれ大好きすぎる…。ぶち壊しだけどそこがいい(笑)

何度も言いますが、否定してるわけじゃないのです。でも、何でもかんでも前向きに生きるのって疲れませんか?てかそうやって、自分にとって不快なものを何もかも摘んでいく作業って、本当に「いいこと」なんですかね?むしろ酸いも甘いも噛み分けてすべてを受け入れられる方が絶対人として器が大きいと思うんだけど?なかなかそりゃ難しいですけど。
私ははっきり言ってクズだし、今は自分のことで手一杯過ぎて、理想論に終わるかもしれないけれど、でも自分に余裕が出来た時には、後ろを向いてるからって切り捨てるようなことはしたくないと心から思ってます。ほとんどの人には切り捨てられてきました。でも、ほんのわずかだけど、手を差し伸べてくれた人はいた。それがどれだけ力になったか。それは決して大きなこととは限らない。一本の短いメールが、何気なく笑ってくれたその顔が、誰かを救うことがあるんです。それは知ってて欲しい。
何もできない、じゃないんです。それは何もしたくないだけ。何ができるかなんて、結果が出てみなければ誰にもわかんないんですよ。
私もそうやって、差し伸べられた手を今度は誰かに向けたい。それはきっと、私と同じように、わかってもらえずに泣いている誰かなんだという気がする。いつもそれは頭に置いて生きています。今は、まだ何も見えないけれど。

ものすごくショックだったけど。それはあなたの決めたことを受け入れるしかなかったし、そうするしかないと思ったから。追うことはしません。伝えられるとも思えないから。申し訳ないです。
あなたの幸せを祈っています。

今日もわけのわからない内容でごめんなさい。完全に独り言です。こんな日もあっていいよね、いいことにしてください(泣)