うさぎパイナップル

フィギュアスケート旅日記とテレビ観戦記とその他色々色々・ただ書き散らして生きていたい(ライター始めました2018・生活の糧と居場所募集中)

フィギュアスケートだらだら語り in 7月③ ー国民栄誉賞スペシャルー

今月はだらだら語りが多いですよ、と予告はしておりましたが、既に3回目(笑)。様々な情報も少し落ち着いてくる頃合いかなと思いますが、また電撃発表やら大きな動きがあるとも限りませんし、今月はひたすらだらだらと語り続けてるかもしれません(笑)。NHK杯アサインのことなどはもうちょっと書きたいですし。
どこにも行けてないからネタもそのうち尽きるだろーしなー(泣)。いや、書こうと思えばいくらでも書けるんだけど、一定のクオリティは保ちたいしさ。てか現地観戦の記事が!旅日記が!書きたいんですよおおおおお(泣)。過去の旅日記がもうちょっとストックあるので、そのうち載るとは思いますが…。このブログのために書いた新作ですけど、書いたの半年以上前だという(汗)。新しいものをね、そろそろ書きたい。


さてさて、本日はサブタイトル通りこの話題。羽生結弦選手への国民栄誉賞授与について。
話が持ち上がった時には、辞退する可能性もあるかなと思いあまり触れないようにしてましたが、無事受賞の運びとなって本当に良かったです。選手生命が比較的短く、しかもこれだけレベルの上がった男子シングルにおいてオリンピックを連覇するというのがどれだけ凄いことなのか、わかりやすい賞でフィギュアスケートにあまり興味のない人に示すのは有効だと思います。

体調不良であまりニュースは追えなかったんですけど、それでも立派な紋付き袴姿の羽生君をしっかり目に焼き付けました。今地球でいちばん和装が似合う若者じゃないか?むしろ首相官邸入りしてるのが自分の家に帰ってきたのかな?くらい違和感なかったですけど。今何時代だったっけ?とかめっちゃ思ったし←混乱

3年くらい前だっけ?袴姿の載った家庭画報は買ったけど、あれは永久保存版ですね。「妄想が現実になる」ってこういうことかな?って思ったもん(笑)。あの時の写真に比べたら、随分少年から青年に移行したな、とやはり感じましたね。それでも時々おもいっきり少年に戻るからこの人わかんないんだけど。
今年の紅白はやっぱり呼ばれるのですか。呼んでください。呼ぶんだNHK。また袴姿でもいいんですよ。必ず一度は途中でうたた寝してしまう紅白を、3年前同様一睡もせずに見ますから。ガン見しますから。

アホな話は置いときまして(笑)、副賞は色々予想されてましたが、辞退したとのこと。羽生君らしいなあ。せめて、最高のお米と最高の卵と最高の醤油で作った卵かけご飯を食べさせてもらって欲しい←まだ言ってるし
でもあの袴が羽生君への最大の贈り物になったんじゃないかしら。人間国宝の方が製作されたもの、という話じゃなかったっけ。

前にも書いたけど、この賞が彼の軸を変えるようなことはないと思うんだ。どれだけ立派な栄誉に彩られても、彼はそれに驕ることなく羽生結弦として、ひとりのフィギュアスケーターとして歩いていける人だと思うし、たぶんそこしか見てないんだろうとも思う。
もちろん、賞が彼の重荷になる可能性も低くはない。それを懸念してる心配性なファンも多いことだろう。でもそれは逆に、彼にしか見えない世界を彼に見せてくれる、彼だけに許された特権でもある。万人に立てない場所に立つ経験は得ようと思って得られるものではないし、前述した通り彼はそれに溺れてしまうような人ではないだろう。じゃなきゃ現役を続けるなんて言わない。彼はフィギュアスケートがただ好きで、それを極めたいだけ。数々の栄誉はそこにくっついてきただけのことなんですよ。きっと。

それに、今までに国民栄誉賞を受賞した人たちの顔触れを見ても「ああ、この人そうだったっけ」くらいの感覚じゃないですか?賞に関係なく、テレビで面白いことを話したりかわいい素顔を見せてくれる人たちがいっぱいいる。だって賞はあくまでもその人の一部であって全部じゃないもの。だから羽生君も、今までと大きくは変わらないと私は思いますけどね。今までと何も変わらず、羽生結弦というひとりの人間を応援してればいいんじゃないかな、と思ってますけど。いちいち引き合いに出すのはたぶんアンチくらいじゃない?

前日のショーの放送でも感じたけど、じわじわと戦闘モードの羽生君が戻ってきてるように見えた。むしろもう切り替わってるような気がした。平昌以降のことは全然わかんないなと思いつつも、羽生君はまだ競技の世界に残ってくれるような気もしてた。またワクワクできるなんて、こんなに嬉しいことはない。
私は試合のリンクへ出ていく時の、鬼神のような羽生君がいちばん好きだ。闘争心を隠そうともしない、あの羽生結弦がいちばん好きだ。もう会えないかもしれないと思っていたあの羽生結弦に、また会えるような気がしてる。震えが来るほど楽しみだ。

羽生結弦は平成の世が生み出した怪物である。平成は終わりを告げようとしているけれど、羽生結弦の物語はこれからも続く。この命が尽きる時まで、その物語を見つめ続けよう。そして物語が自分の琴線に触れた時は、言葉にしてそれを残そう。この世界に、この時代に生きた者として、この宝物がいかに美しく気高く、愛されるに値していたかを、この一瞬より先に生きる誰かに、たったひとりでもいいから誰かに、伝わるように。