今週のお題「夏休み」
夏休みはそもそも何で「夏休み」じゃなきゃいけないのかと、時々考えるわけです。学校の休みでいちばん長いの、夏休みじゃないですか。何で夏なんだろうと。
昔の学校にはクーラーなんて無かったし(今もあるのかどうか知らないが)、勉強どころじゃないから家で、っていうのはわかる気がする、と一瞬思ったけど、その昔はたぶんエアコンのある家が少なかったよなあ。てか今ほど暑くなかったよねえたぶん。
暑くても海や川で遊べたり作物が取れたりするからかしら。私のような超絶インドアな子供には全然実感無かったですけど。
農作業の手伝いがあるから?とか思ったけど、田植えや稲刈りって夏休みの前後だよねえ、たぶん。
むしろ冬休みが長い方がいいんじゃなかろうか。雪降ったら大変だし、学校寒いし、家にこもって勉強するなら最適な気もする。
いや、春休みが長い方がいいのでは。学年が切り替わるタイミングで、区切りもいいし。学校側が手続きとか諸々助かりそう。
いやいややっぱり秋休み?季節もいいし頭スッキリして色々吸収できそうだし。
まあでも、やっぱり暑いから「夏の休みがいちばん長い」のかねえ。家で涼しく過ごせるのならその方がいいんだろうし。この暑さの中を学校へ行くだけでもしんどいもんな。そんなん関係なく子供は走り回ってたりしますけど。私みたいなやる気ない子供には何故あんなにみんな元気なのかわからなかったわ(汗)。
社会人になってからは夏休みの感覚はすっかり薄くなり、夏に特別感は無くなってしまいましたが、個人的に子供の頃の、いや人生における印象深い思い出は、夏が多いかもしれません。
夏は戦争が終結した季節で、平和学習が毎年行われていたり、お盆があってこの世との境目を曖昧に感じたり、大きな災害や個人的に強く心を乱した別れは多くが夏だったりと、「生きるとは、人間とは」ということを考えるきっかけになった季節だな、と感じています。ほかのどの季節でもない、何故かたいてい、夏なんですよ。
こんなに空の色が濃くて、入道雲は主張しまくるし、太陽だってそうだし、花火は鮮やかで、色彩も存在もとてもくっきりしてる。なのに、人のかたちは何故かとても曖昧に感じる。生きていることと生きていないことの境目をとても曖昧に感じる。怪談も夏の風物詩だもんな。
熱くて鮮やかな花火が、夜空を覆い尽くすように煌めいてから、跡形もなく消える。そんな寂寥感の方が、結局残っていくような。
私には夏がよくわからない。春や秋や冬は何となくわかるけど、夏は曖昧過ぎてわからない。子供の頃から苦手だったからかもしれない。暑いのが大の苦手だし、色が白いので日焼けがつらい。ほとんど焼けないんだけど痛い。この間から、家の中にいたのに窓際でうっかり日光に当たった時に焼けたらしい鼻の下が痛い。家の中でもこの状態だから外なんてもう(泣)
夏休みの感覚はもうまったくないから、夏休みとして期待はしないけれど、今年の夏こそ自分のターニングポイントになってくれたら、振り返ったら美しい想い出の残る夏になってくれたら、と願っております。アイスクリーム死ぬほど食べたい。
…相変わらずお題の主旨からずれ続ける人間でたいへん申し訳ございません…。
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