うさぎパイナップル

主にフィギュアスケートの旅日記とテレビ観戦記とお題記事・ただ書き散らして生きていたい(タロット鑑定してます2020・物書き始めました2018)

生半可には愛せない・はてな版④ ~町田樹~

特に好きなスケーターについて個別に語ってこそっと掲載するシリーズ。全5回の予定で粛々と載せております。
第4回は「町田樹」さん。彼については以前このはてなブログに書いた文章に魂を削って閉じ込め、すべて燃やし尽くした感があるため、できるだけさらっと綴ろうかと思います。過去に書いた内容ともかぶってしまうかなと思いますが、改めて読んでいただければ幸いです。


2004年か2005年くらいのことだったと思います。私は新聞のスポーツ欄に、小さな記事を見つけました。
それは地元広島で練習しているフィギュアスケート選手を紹介する記事でした。広島にこんな子がいるんだ、男の子のスケーターって珍しいな、と何故か強く関心を持ったことをよく覚えています。
それが、確か当時中学生だった、町田君でした。

現在のようにスケートの放送が充実していなかった時代のことです。あの子はどうしているのかな、と気になりつつも、なかなか彼の演技をテレビで見る機会はありませんでした。地元のスポーツニュースはどうしても野球が中心で(もう宗教に近い何かですからの…)、ローカル枠で見かけることも少なく、取り上げられても見逃していたようです。
当時の私は、ジャンプの見分けもつかない不勉強な自分が会場に行くのは生意気なのかな、などと悩んで遠慮してしまい、地元の大会を見に行く勇気も持てずにいました。

初めてこの目で演技を見たのは、2010年の春に開催された「ダイヤモンド・アイス」。ようやく会場で見られた、と感激もひとしおでした。
当時は町田君がカットされずにテレビで放送されたら喜ぶような状況だった記憶があります…。いい位置につけることはあるのに、どうしてもあと一歩を突き抜けられない選手という印象で、それがもどかしくもありました。

それからも、主にアイスショーでその演技を見つめてきました。最も印象に残っているのは2011年開催の「メダリスト・オン・アイス」。プログラムは『Don't Stop Me Now』。眼鏡にマフラーの地味な青年が、ギターを片手に弾ける夢を瞳に浮かべる冬の夜。
彼の演技が巻き起こした会場の熱狂を、私は忘れることができません。近くの席から聞こえた、「第一部の最後に出てきただけあって、あの男の子は上手だったねえ」と素直に感心する声を、町田君に聞かせてあげたかった。

2012年に地元広島で行われた「スケート感謝祭」で演じた、『ロシュフォールの恋人たち』も非常に思い出深いです。こんな小さなイベントで披露するような演技ではなかった。君の舞台はもっと大きな、広い広い世界のはずだ、と叫び出したくなるような演技でした。
そして町田君の快進撃は、その頃から本格的に始まったように思います。


2012年のカップ・オブ・チャイナ。町田君が初めてグランプリシリーズを制したことを知った私の頭に真っ先に浮かんだのは、「地元の新聞は明日の一面に絶対にこの記事を載せる」という予感でした。
地元の新聞である中国新聞は、私が町田君を知った小さな記事を載せていた新聞社。あれから何度も町田君のことを取り上げていたのです。成績があまり振るわなかったにも関わらず、写真入りで掲載されていたこともありました。

果たして予想は的中。花束を手に笑顔を浮かべる町田君の写真が躍る一面。その記事は今も、私のスクラップブックに大切に貼ってあります。

ソチオリンピックの代表選考を兼ねた2013年の全日本選手権は、男子シングルの代表争いの激しさに非常に胃の痛い思いをした大会でした。3つの枠のうちふたつは確定だろうと予想していましたが、最後のひとつの枠に誰が飛び込むのか、その予測がつかない。最後までハラハラしたその枠を掴んだのは、町田君でした。
地元にゆかりの深い選手がオリンピックに出場する。しかもフィギュアスケートの男子選手が。まさに夢にまで見た物語でした。どの選手にも活躍して欲しい気持ちがあり複雑でもありましたが、町田君の出場は本当に、本当に嬉しかった。

そのソチオリンピックも非常にハラハラしました。ショートプログラムの結果は団子状態、フリーはほとんどの選手にミスが相次いで、銅メダルの行方がまったくわからなかった。町田君にも十分にチャンスがあったのですが、結果は5位。とても悔しかったけど、とても誇らしい入賞でした。
フリーの翌日に地元紙が配布していた号外に、裏面ですが大きく町田君が載っていたことは言うまでもありません(笑)。

オリンピックのエキシビションで演じたのは、『Don't Stop Me Now』。あの日、なみはやドームを熱狂させたプログラム。私がいちばん好きな町田君のプログラム。
あの日、近くの席で素直な感想を呟いていたあの人は、このエキシビションを見ただろうか。あの時の「上手な男の子」が、日本代表としてオリンピックの大舞台で堂々と滑る姿を見ただろうか。どうか、そうであって欲しい。

「逆バレンタイン」などのインパクトある発言等から人気に火がつき、いつの間にか押しも押されぬトップスケーターになっていた町田君。しかし、その絶頂で、彼は突然競技の舞台を退くことを発表します。研究者を目指すというのがその理由でした。
あまりにも突然のことで戸惑い、涙が止まらなかった。けれど同時に、ここまで長い間、地元の星としてその活躍にワクワクさせてもらえたことへの感謝の気持ちにも包まれていました。「ありがとう」「楽しかった」のふたつの言葉を胸に出向いた、2014年のメダリスト・オン・アイス。引退発表の翌日に開催された、全日本選手権エキシビション。客席で声を上げて泣いてしまったのは、あの時だけです。


彼が現役を退いてからは、色々考えてできるだけあまり深く追わないようにしていました。ショーでの滑りは見たいと願っていたものの、それもなかなか叶わなかった。
けれど、ショースケーターからも引退すると知った時。頭を殴られたような気がしました。どうしても最後にその勇姿を一目見たいと、私は心の底から願った。その心からの願いは潰えるはずでした。しかし、奇跡としか思えない天のはからいで、私は最後の最後にチャンスを掴むことができたのです。あの時助けてくださった方には、いくら感謝しても足りません。

それは2018年のプリンスアイスワールド広島公演。最終公演でした。突然のセレモニーに驚きながらも清々しい笑顔を浮かべ、花束を手に幕の向こうに消えていったその姿を、私は一生忘れないでしょう。
本当に彼がショースケーターを引退したのはその年の秋に行われたカーニバル・オン・アイスでしたが、私が彼を見送るのは、おそらく地元広島でなければならなかったのだろうと私は思っています。

長年大きな大会もアイスショーも開催されず、都市の規模を考えればスケートファンにとっては不毛の地に近かった広島。その広島に、自分の心の琴線に触れるスケーターが現れ、私が大ファンだったステファン・ランビエールにその才能を見出だされるなどして飛躍のチャンスを掴み、ついにはスポーツ選手の夢であるオリンピックの舞台を踏み、世界の舞台に大きく、大きく羽ばたいていく。その過程を見守り続けられたこと。
これが奇跡でなくて何が奇跡なのでしょう。私にとって「広島」は町田君と切り離せないキーワードでした。だから、最後に彼を見送るのも広島でなければならなかったのです。小さな新聞記事に彼を見つけた、この広島の地で。

町田君は、私にとっては特殊な立ち位置のスケーターでした。広島で生まれ育ったわけではなく、街そのものは好きだけどそれほど思い入れもないと思っていたこの広島で応援し続けたからこその思い入れ。今後のことはもちろんわかりませんが、もしかしたら同じ立ち位置でここまで応援できる選手には、もう出会えないかもしれません。


ショースケーターを引退してからはあまり表にも出てこないだろうし、ますます静かに応援しようと勝手に思っていましたが、ショーの解説などで活躍する姿に思った以上に出会えて嬉しい限りです。情報量の多い、内容の濃い解説は是非一度堪能していただきたいですね。面白いですよ(笑)。

できるだけ静かに応援しようと思っている理由のひとつは、いつまでも「広島の町田君」にこだわっているのも申し訳ない気がするからです。彼の活躍の場はとっくの昔にこの広島を遠く離れている。些細な風に吹き飛ばされる砂粒のようなファンの思いでしかなくても、「広島」に縛り付けたくはなかった。ビッグウェーブの客席で叫び出したかったように、彼の活躍する舞台はもっと広い、広い世界のはずだから。

ごく普通の、素朴な青年に見えていた彼は、いつの間にか非常に個性的で、信念を持った人物に生まれ変わっていた。でもどちらの彼も元から彼の中にいたのかもしれません。滑る姿を見ることはおそらくもうできないけれど、彼がこれから開き続けるであろう扉を、これからも遠くから静かに、そしてとても楽しみに、見守っていたいと思います。

私は町田君の豪快なジャンプが大好きでした。いつか広島のリンクで見せてくれた、空に舞い上がるようなトリプルルッツは、今もこの瞳に焼き付いて、離れないでいます。きっとずっと、いつまでも。




※本日の記事は、過去にnoteに書いていたフィギュアスケートの記事の再掲です。noteの方で読んでくださった方がどれくらいいらっしゃるかわかりませんが、スケートメインのブログであるはてなの方がよりたくさんの方に読んでいただけると思い、掲載からある程度時間も経ったことから改めてこちらにも掲載しました。再掲載にあたり、少しだけ加筆修正しています。

note掲載時に、スキやオススメ(サポート)をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。普段なかなか反応をいただけないので嬉しかったです。特にサポートは生活が助かったので本当にありがたかったです、後光が射して見えました…(涙)。はてなも、特にアカウントがなくてもスターがつけられるようになったらいいのになあ。

元の記事はこちらです↓
note.com


すべての思いを閉じ込めた記事はこちら↓
usagipineapple.hatenablog.jp




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