うさぎパイナップル

主にフィギュアスケートの旅日記とテレビ観戦記とお題記事・ただ書き散らして生きていたい

全日本選手権2020雑感⑩

今更綴る全日本選手権の感想文。本日はほぼ全編ポエムです。久しぶりに全開です。書き上げたものを読み返して「誰が書いたんだろうこれは」と怯えておりますがたぶん私が書いた←目がうつろ
そんなわけで、長過ぎて今回はほぼ羽生君の感想だけですが、それ以前に滑った選手についてももちろん書いておりますのでよろしければ前回の記事も参照していただければ嬉しいです。

男子フリー③

第4グループ②

24:羽生結弦
いつも通りに近い演技をすればほぼ確実に表彰台に上り、しかも自分を蹴落とすかもしれない存在が二人ともミスの少ない演技をして高得点を叩き出している。ショート1位で折り返したときはフリーでミスが出やすく、しかもシーズン初戦で初披露のプログラム。3年出場できず、昨年は王座を昌磨君に攫われてもいる。一回り近くも離れた選手が自分の立つその場所を若い牙で奪い取ろうとしている。国の代表を決める大会の最終滑走者。プレッシャーがかからないわけがない。

今年はとにかく大会が無事に開催されればいい、選手が皆元気に出場してくれればいい、順位や代表権は二の次だと思っていたけれど、これは試合なのだとやっと思い出したような感覚。そうだ、これは試合だ。彼らが人生を捧げてきた毎日にひとつの答えが出る、シビアな戦いの場。

久しぶりに蘇る緊張感。試合前に禊と称してお風呂に入って来たり、柚子の使用された食品を口にしてゲン担ぎしたり、国際大会の場合は特にそんなことをやってみたりもしていてこの日もルーティンのようにそうしていた。堅あげポテトの柚子胡椒味と野菜生活の高知和柑橘ミックス送ってくださった方本当にありがとうございます…!!もう食べるものなかったので神です(涙)。
けど、それは何となくの習慣のようなもので、大会が無事に終了すること以外何も考えられない状態だったはずなのに、無意識はやはりこれは勝負なのだとちゃんとわかっていたのかもしれない。人間は時に頭で考えることより、無意識や感覚に従った方が正解に近い場合がしばしばあるのかもしれないと自分の経験からは思います。

着物のような合わせの衣装。濃い水色がマーブル模様のように滲み、薄桃にも白にも見える花が青空に枝垂れた桜のようにあしらわれている。帯は金に縁どられた濃紺で、特徴的な形の結び目が見える。袖や裾は柔らかに広がり、特に袖口は演技の邪魔にならないかと思うほどたっぷりとしている。指先には帯と同系色の手袋。
その細い身体とも相まって、一見して男子の衣装のようには見えない。黒髪に白い肌、切れ長の黒い瞳を持つ、伝統的な日本人の姿として人々の目に映るであろう青年を、これ以上に引き立てる衣装はないであろうことはおそらく書くまでもないのだが、そこにいるのは青年なのか戦国の姫なのか、一瞬分からなくなるまやかしがかかっているようだ。
SEIMEIよりずっと中性的な衣装に感じる。衣装の色やデザインは「花になれ」を彷彿とさせるし、あのプログラムや衣装もとても彼に似合っていて好きだったので似た系統で嬉しかったのだけど、「花になれ」よりもまたずっと中性的に思えてしまう。「花になれ」の頃から10年近く経っているのに、似た衣装を纏いながらもその頃とはまた違う、男でも女でもない存在のように佇む羽生結弦。彼には何度も驚かされてきたけれど、今日もまた新たな衝撃を覚えて軽く眩暈がする。

両手を天に伸ばす。演技が始まる。羽生結弦の新フリープログラム、「天と地と」。

滑り出したその表情は、リンクサイドの姿に「姫?」などと呟いてしまっていたことなど完全に消し去ってしまうほど、血煙の中に攻め入っていく武者そのものだった。あのイヤホンが好きでけん玉が好きなごく普通の青年はそこにはいない。そこにいるのは、恐ろしいほどまでに研ぎ澄まされた白い刃だった。雲一つない漆黒の闇に白々と浮かぶ冷ややかな細い月だった。

ループが決まればリズムに乗るはず、とにかくループさえ決まってくれれば、と祈るような気持ちで画面を見つめる。
果たしてその4回転ループ。これほど美しく成功させたのは久しぶりではないか。ループはどうやら4回転となると難易度が高いようで、ただでさえ跳ぶ選手が少ないのに、それをこのプレッシャーのかかる場面でこともなげに着氷してみせた。遠い彼方の戦場に、武神が鮮やかに舞い降りる。

サルコウまではまだわからない、とそれでもまだ緊張を解くことなく見守る。4回転サルコウも成功。ただ転倒しなかったとか着氷させたとかいったレベルのジャンプではない。あまりにも美しい。加点は4点を超えた。血飛沫ひとつ浴びることなく、一見女性のように思えるほど儚い姿をした若武者は戦いの野を行く。

トリプルアクセルのコンビネーション、ほぼ間髪入れずにトリプルループ。コンビネーションの着氷が流れないとループに繋げられないと解説は言う。わざわざそんな跳び方をしなくてもいいところを、これでないと作品世界に合わないとあえて入れているのだろう。
ここまでですでに技術点は50点近い。どんなに神がかり的な演技に呆然としていても、いったい何点を出すのかと速報に目が行くようになると、フィギュアスケートはスポーツなのだと頭が完全に理解できるようになったのかもしれない。

ステップの前には休憩ポイントと思われる個所があるが、当然演技の一部になっていて不自然さはない。ステップ、そして4回転トゥループからのコンビネーションがふたつ。演技後半だということを忘れてしまうかのように、まるで息でもするかのようにしなやかで軽い。刀ではなく笛を携え、花吹雪の闇夜に姿を見せる若武者。その切れ長の瞳には、静かなる殺気と戦いへの虚無感が背中合わせに棲んでいる。
花を愛で鳥を愛し、風と戯れ月を詠う。僅かな空気のにおいに四季のうつろいを思う繊細な青年を、時代は血煙の戦場へと容赦なく駆り立てる。青年はその運命を厳かに受け入れ、白刃を手に武神へと姿を変える。
武神はかつて、血気にはやる好戦的な若者だった。持って生まれた闘争本能と磨き抜かれた戦いの術が、数々の殊勲と富を彼に与えた。築いた財に驕り、守られ、天守閣から地を見下ろすだけの余生を選ぶことも彼にはできた。しかし武神は今日も、先陣を切って凍り付いた荒野を走るのだ。薄紅色に頬を上気させる白い肌の、まるで少女の人形のような青年は、戦いの中でしか生きられない。天命を知った青年は、魂に棲む修羅をも手なずけて孤高の道を行く。

ラストジャンプのトリプルアクセルを降りた瞬間の、西岡アナの「すごい…」の一言。それはもう実況というよりは、単なる心の声が漏れただけのように聞こえた。そうさせてしまっても仕方がないと思った。彼は目の前でこの演技を見ているのだ。見て声を出してもいい数少ない立場の人間だ。あまりに凄いものを見てしまうと、人は言葉を失ってしまう。

本来ならば、ジャンプを降りるたびに歓声が上がり、ラストジャンプの段階でもはや音楽が聞こえないほどの、悲鳴に近いような声で空間は満たされていただろう。これだけの演技ならそうなっても仕方がない。
しかし社会情勢によってもたらされた声を出してはいけないというルールのために、ある意味で雑音の少ない会場だったわけである。羽生君の音の取り方が通常よりよく感じられたのは大きなポイントだったかもしれない。羽生君の身体から琵琶の音が聞こえるような錯覚。ふんわりとした袖が効果的な役割を果たす。

ステップとスピンがひとつレベル3だったが、ほぼパーフェクトな出来だった。本人も勝利を確信しているのだろう、天を指さす姿からそれがわかる。演技が終了してもすぐに「いつもの羽生結弦」に戻ることなく、「武神・羽生結弦」を解かなかった。我々が決してこの目にすることのない「神」の姿が、そこにはあった。神は再び羽生結弦依代に選び、この閉塞した世の中に降臨したのだ。

涙が止まらなかった。ここまで、ここまで凄まじい演技を目にすることになろうとは。とにかく無事で出場してくれればいいとだけ思っていた私は自分を恥じた。羽生結弦を見くびるな、といつかのオーサーの声が聞こえた気がした。
羽生君は舞台が大きければ大きいほどとんでもない力を発揮するといった主旨の話をかつて本田君がしていたけれど、初戦、王座の奪還、コーチ不在、社会状況。緊張感と不安に押し潰されてもおかしくない状況に加えて、自分が希望になり得る存在だと自覚したうえでの出場。本当は彼が背負わなくてもいい使命を果たそうとするその心境が、何よりも強い集中状態を生んだのかもしれない。いちばん必要な、いちばん失敗できない舞台で、ショートもフリーもほぼミスのない演技を揃えてくるなんて。これができるから、羽生結弦は強いのだ。しかも、本来であれば選手を後押しするであろう歓声すらない状況で彼はこれをやってのけたのだ。
これはまさに、日本の地で行われ、それを日本のあらゆる場所から見られるよう生中継された「滅多に現実に現れない現実を超越した世界」であった。人間の興味の有無はその人次第なので強制はできないが、これを見たか、見なかったかはその後のその人の人生を変えるのではないかと思ってしまうほど圧倒的で、凄まじい演技だった。我々は羽生結弦がその力を存分にふるっているまさにその時を生きている。何十年も経ってから、自分の時は重なっていたのにと悔やんでも、もう時は戻らない。

キスクラに座り、プーさんのティッシュケースを落としたらしい羽生君が「お前、痛かったか?ごめんよ」だの「お前ソーシャルディスタンス取っとけ」など言い出しているあたりでやっと我に帰る。武神は天へと帰還したらしい。いや、羽生結弦の魂の中に姿を隠しただけだろう。あの武神は、羽生結弦そのものだったから。
カメラを意識したあざとい発言かと思いきや、それ素だったんですかい…。なんだかわいいな(震)。でも「お前」呼ばわりなあたりがやっぱ羽生君だなと思いました(笑)。

300点を超えることは明白だったので、こうなるとショートのスピンのミスが悔やまれる。しかし公式記録にもならないのだし、本当の絶対神が降臨する機会を再び待てるのだと思えばいいのだろう。あんな技術と芸術と魂の調和を見てしまっては、いいたとえではないかもしれないが心地よい幻覚に浸らずにはもはやいられない。
そう言えば、ルッツもフリップもプログラムに入っていなかった。一瞬怪我が頭をよぎったが、そういう理由ではなさそう…?得点的にはトリプルであってもルッツやフリップの方がループより高いのに、あえてループなのは彼のこだわりなのだろう、たぶん。


終わってみれば羽生結弦の圧勝であった。誰もが納得の勝利と言うほかないだろう。
会見で昌磨君が羽生君について語ったコメントに私はとても心を動かされた。なんという素直な青年なのだろう。あんな、ある意味で若手の牙を叩き折ってしまいそうな演技を見せつけられて、王座を奪われてもなお、彼は「嬉しかった」という言葉を言えるのだ。目標としていた、一度でいいから勝ちたいと切望していた存在が、やはり格が違うと思い知って、悔しさよりも嬉しさが勝ってしまうその感覚、わかると思う人もいるのではないだろうか。それを本当に、何の裏もなくただ素直に、正直に口にできる彼もまた素晴らしい選手だと思った。スポーツの清々しさがここにある。

刑事君が今年も全日本に強いことがまた証明されましたね。終わってみれば4位。なんだかんだ言って上位選手は皆力があるなと納得の順位だったのでは。三浦君のショートからの巻き返しも素晴らしかったですね。

ショートプログラムでも思ったのですけど、選手たちがどこか嬉しそうだったのが印象に残りました。特に今シーズン試合に出ていなかった昌磨君や高志郎君、羽生君からはそれを感じましたね。スケーターの人生は氷の上にあるのですよね。
「お金もないのにスケートなんか見て」と色々な人に言われてきました。それは間違ってはいないかもしれない、私が貧しいのは本当のことだから。けど、世界は一変した。エンターテインメントが目の前から奪われ続け、行動をも制限された現状に何の不満も抱かずに我慢できる人が果たしてどれだけいたのでしょうか。生命維持という一点から見れば無駄に見えるものから与えられるものに我々は時として生かされている。そうでなければ、文学や音楽、舞踊や演劇、装飾やスポーツなどといったものが地上に生まれる必要があったでしょうか。ただ息をしているだけでは生きていることにならないから、我々は人間を名乗れるのです。今大会の選手たちの演技から、私はそれを改めて感じました。

ほんとどうでもいいんですけど、羽生君のフリーの演技の直前に携帯が鳴って、何だろうかと思いつつも見る余裕まったくなかったんですけど、なんとそのタイミングで高知におられる私が大ファンの方が久しぶりにツイッターを更新していた…。渋滞しないでくださいよ皆さん。羽生君にステファンにアクティブK介さん。クリスマスと盆と正月が一緒に来てるじゃん!!←落ち着け

そうそう、羽生君にお祝いを言おうとタイミングをうかがっているステファンの姿が映り込んでる時点で吹き出しそうだったんですけど、直後にしっかり捕まえてお祝いを述べているらしいステファンががっつり大映しになってたまらず爆笑。何映りに来てるんですか!!いや映りに来たわけじゃないと思うけど(笑)結果的に何いちばんいいとこで映ってるんですか!!!確か2016年のNHK杯でもこんな光景見た気がするんですけど!!てかソーシャルディスタンスガン無視かーい!!!
何故ステファンは毎年こんなに全日本でネタを振りまいていくのか。面白くしようという意図はおそらくまったくないのになぜこんなに面白いのか。だってそれがステファンだもの…。俺たちは赤猫やシマウマをはるか背にしてここにいるんだ←余計なことを言うな
女子も楽しみだわ、試合もだけどステファンが…(笑)。


約1年ぶりのポエムでしたが、個人的には「あの凄まじい演技を書き表すにはあまりにも駄文」としか思えなかったので不完全燃焼です。世界選手権開催されますように。羽生君は私の「文章で表現したい」という気持ちを最大に高めてくれる存在のようです。そこもまた目が離せない理由のひとつなのかもしれませんね、私にとっては。
ではでは、次回はアイスダンスの感想でお会いしましょう。


※長くなったついでに過去記事をひとつ。この全日本での羽生君の演技に、私はもう4年近くも前のこととなったヘルシンキの世界選手権を思い出しました。その時の記事を置いておきます。この記事に書いたことは全日本の演技に感じたことと同じなので。
ブログを始めて半年くらいの記事ですが、これを夢中で書きあげて読み返したときに「私はこういうものが書きたいのかもしれない」と感じたので、色々な意味で思い出深いです。逆転優勝だったこともあり非常にドラマチックでしたしね。
usagipineapple.hatenablog.jp




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