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エヴァネッセンスの有名な歌だ、と最後に歌う曲を紹介するキャサリン。その紹介だけで、誰が何を滑るのか、ファンにはわかる。
グレーのシャツ。再びこのプログラムをこの目で見られるなんて。しかもずっと見たいと願っていた、キャサリンの歌声で。
息をするのももどかしいほど、薄暗いリンクを見つめる。
ステファン・ランビエール。「Bring Me to Life」。
氷の上で横になるステファン。歌が始まると、転がりながら起き上がる。その際、手を腰に添えていたけど、痛みがあるとかじゃないことを祈る。確か腰に問題があったはずだ。
福岡でステファンの演技に涙を流したあの日からすぐ、私はエヴァネッセンスのCDを買った。そして「Bring Me to Life」だけを呆れるほど繰り返し聞いた。あの日見た彼の演技は本当に素晴らしかった。そしてあの福岡の夏は、私の人生におけるそう多くはないであろうターニングポイントのひとつだったように思う。それが正しい認識かどうかは置いておいて、避けることができない運命だったような気がする。思い返すたびに不思議な気持ちになるし、この曲を聞くと彼の演技と自分の様々な感情を思い出す。
少し暗くて重い曲調のこの歌は、歌詞もかなり思い詰めていて、切なさを通り越して苦しいくらいの心の叫びといった感じ。本当に呆れるほど聞いたので英語ながら歌詞も何となく覚え、内容を咀嚼した状態で見たこのキャサリン・ジェンキンス歌唱によるステファンの演技は、そうそう越えることはないであろうと思われたあの2年前の演技を、あっさりと越えてしまうほどに素晴らしかった。
ステファンは、凍り付くような闇の底で得られないものを必死に求めている、歌の主人公そのものだった。愛する者に救いを願う凍てついた魂の叫び声が、ステファンの指先から、身体全体から聞こえてくるようだった。
私のいちばん好きなステファンの演技が、そう、手に入らないものを探しているかのような狂おしい演技が、このプログラムでは存分に味わえるのだった。それだけでも感動するには十分だったと思う。
でもそれだけではなかったと思う。ステファンの演技には気迫があった。それはきっと、アート・オン・アイス日本公演を是が非でも成功させたいという、強い気合いの表れだったように思う。ジャンプもスピンもステップも、ひとつひとつ丁寧に、かつ力強くこなしていた。3年も前に引退した選手だと誰が思ったことだろう。
そしてキャサリンの歌声。エヴァネッセンスに比べると曲調も静かだし盛り上がりには欠けるけれど、その透明な声がますますもがき苦しむ主人公の姿を浮かび上がらせているかのようだった。個人的には少し不思議だった冒頭の寝そべりも、キャサリンの歌なら違和感がない。降りしきる雪の中、冷たく凍えた身体が目を覚ます。どこまでも続く雪原、暖める腕もないまま歩き出す。手を伸ばしても指の隙間から雪がこぼれ落ちるだけ。あなた、あなたはどこにいるの…?
そんな物語が勝手に浮かんできてしまうほど、ステファンの演技とキャサリンの歌声はひとつに溶け合って世界を創り出していた。これが本物のコラボレーション。これが舞台を生で見るということの醍醐味。
そうだ、私は歌手の生歌で滑るステファンを、群舞ではなく彼だけのプログラムを滑るステファンを、この日初めて見たのだ。「役者が違う」という言葉が自然に頭に浮かんだ。ステファンの演技にガッカリさせられることなどこれまでもほとんど無かったが、この日のステファンは、その中でも別格だった。
この人は本当に、スケートをするために生まれたんだ。この人がいちばん脂がのっていると思われるこの時期に、この人の演技をこの目で見られるということは、本当に幸せなことなんだ。
私をステファンに出会わせた運命を恨んだこともある。でもその運命を受け入れて良かったと、私は客席でひとり思った。こみ上げるものを感じながら。
初回はどのスケーターもまだ温まっていなかったのだろう。ステファンもそうだった。でも2回目以降は、私は毎回涙を流した。4公演中、3回も。胸がいっぱいで、とても泣かずにはいられなかった。
2回目の土曜日夜公演などはしばらく涙が止まらず、少し恥ずかしいくらいだった。溢れてしまうと演技が見えなくなるから、必死でこらえてはいたのだけど。最終公演の演技も相当に素晴らしく、ハンカチで目頭を押さえていたので、隣の席の人に誰のファンなのか一発でバレてしまったようである(笑)。最終公演は隣の人とその隣の人が面白い方で、いろいろお話が弾んでとても楽しかったです。
ステファンのファンになって良かったと、私はこの日改めて思いました。いつかこの目で見たいと、キャサリン歌唱版のBring Me to Lifeをかたくなに見ないままでいて良かったです。ネットの海にいくらでも動画は転がっているけど、絶対にこの先見ることがないと思われるプログラム以外は見ないようにしています。そもそもネットの動画は再生環境がよろしくなくてストレスフルなため好きじゃない。
スクリーンにはスイスでのアート・オン・アイスでステファンがこのプログラムを滑ったときに使用されたステファンの映像も流れていたのですが、本物を見るのに夢中でほとんど視界に入りませんでした。あの映像もずっと見たいと思ってたのに…。それDVDにして売ってください…。
ステファンとキャサリンがハグして(確か)リンクを去った後、これで第一部終了のアナウンスが入るのだろうと思ったら、ラフなジーパン衣装に着替えたマニキャンが舞台でダンス。動きが止まった?と思ったら、スクリーンに「インターミッション」の文字。
休憩に入るまでの演出も洒落てる。ショーから現実に戻る切り替えがうまくできた感じ。ってか私泣いててあんまり見てなかったけどねマニキャンさん。ごめん(笑)。
整氷休憩中は同じく4回とも見ていたAさんとお話して感想を言い合えたのでとても楽しかったです。やっぱり誰かとスケートの話で盛り上がれるのってすごく幸せ。なかなか会場まで足を運ぶ人いませんしね。ソチオリンピックが終わったらまた見に行きたいって人が出てくるのかなあ。
ステファンについて語り過ぎた(笑)ので、以下次号。