うさぎパイナップル

フィギュアスケート旅日記とテレビ観戦記とその他色々色々・ただ書き散らして生きていたい(ライター始めました2018)

平昌オリンピック雑感・特別編 ー1000個目の金メダルー

本日予定していた団体戦の記事は明日に延期いたします。誰も気にしてはいないでしょうが未来の私に向かって伝えておきます。今のこの気持ちを、今日はとにかく大雑把にでもいいから書きとめておこうと決めました。また後日、改めて男子の競技の感想を載せるので、その際にでももう少しきちんとまとめようと思っています。いや、絶対長くなり過ぎるし独立して改めて書くかな…。いやもう、どっちでもいいや(汗)。



いつからだっただろう。ずっと予感がしていた。
羽生結弦は、オリンピックを連覇する。

それは本当に、何気なくふと浮かんだ思いつきのような予感だった。
誰しも経験があるのではないか。ふとした予感が現実になることが、人生にはままあること。そういった予感が外れることはあまりないこと。何の根拠もないのにいつまでも心を去らず、そのうち確信に変わっていくこと。

私は正直非論理的なスピリチュアルは好きじゃないし、感謝とかありがとうと言っときゃ幸せになれる的なご高説は信じていないどころか嫌いですらある。ある程度統計学的なものならば少しは信じるし参考にもするが、それでも常にそれを疑うことも忘れないようにしている。
だが、「科学的に説明できないこと、少なくとも現時点では説明のできないこと」が存在することも疑ってはいない。それを感じる能力が人間に備わっていることも疑っていない。信じてはいないかもしれないが、疑ってはいない。
夢。予兆。予感。
きっと、大きな運命は最初から決まっているのだ。それを時々、少しだけ未来のビジョンとして感じ取れるように人間の感覚は働き、その運命を受け止める準備を容易くするために、お守りだのお札だのと言った様々なツールが存在するのだろう。

それは、そんな予感だった。
だから、確信に変わるまでにそれほど長い時間はかからなかったと思う。

私はジャンプの見分けもつかないしょうもないファンで、論理的に説明しろと言われるとおそらく他人を納得させる答えを導けない。ただ好きな選手に勝って欲しいという、ファンとしてごく当たり前の感情だと思っていた。それをいかにも運命的に捉えたい、センチメンタルな心の作用に過ぎないだろうと。だからその予感を信じようとはしなかった。信じていいのかわからなかった。

たぶん、去年の春だったと思う。ふと浮かんだ。
カープが連覇したら、羽生君はきっと連覇する。
25年も優勝していなかったカープが再び優勝するなどと考えてもいなかったので、連覇するなどとはもってのほかだった。地元の球団なのでもちろんある程度応援はしているが、ファンかと言われればそれは違う。だから盲目的に信じることはまずない。不可能に近いんじゃないかとすら思った(私が勝手に思っていただけで専門家の目からすれば不可能などではなかったのかもしれないが)連覇をカープが達成したら、私のこの根拠のない確信めいた予感も信じていいんじゃないか。羽生君カープファンだし。そんな気楽な思いつきだったのではないかと思う。
ところがカープは連覇した。もうこの頃には、完全に確信に変わっていたけれど、私は自分の書いていた、言い張っていた過去の「冗談」の数々を、衝撃をもって眺めた。

ずっとブログにも書きたかった。カープの話などは気楽な冗談のように軽い調子でさらっと書こうと何度も何度も思った。書くことで偉業の達成を信じたいとも思った。
でもやっぱりそれは、根拠のない思い込みに過ぎないのである。自分なりに説明することはできるけれど、それはどこまでいっても専門家でもない単なるファンの意見で、しかも繊細な競技である以上絶対は無い。
それに、誰もが彼に勝って欲しいと思っているわけじゃない。こんな場末のブログを読む人なんていないとわかってはいても、偶然目にした人にいい加減な思い込みで面白くない思いをさせたくはない。自分の好きな選手に勝って欲しい、それを絶対に信じたい、その気持ちは皆同じだ。
そうだ、頂点を目指す選手は彼だけじゃない。綺羅星のような選手がたくさん、たくさんいる。私は彼らがみんな好きだ。すべてを追うことはできないけど、追える範囲で精一杯好きだ。そうじゃなかったら、このブログはこんな形では書いていない。バンクーバーの男子フリーは当時働いていた事務所に電波が入らず、昼休みに携帯を握り締めて近くの飲食店に駆け込み食事しながら必死で見た。ソチの男子フリーは徹夜で見て一睡もせずに翌日出勤した。食費を削ってでもチケット代を捻出しショーにも出向いた。知識はない。感覚だって歪んでるかもしれない。それでも、フィギュアスケートを見るのが好きなのだ。そうじゃなかったら、そこまでしない。

…過去の記事を振り返ると、正直言って駄々漏れなんですけど(汗)、しかもかなり何度も駄々漏れしてるんですけど(汗)、一応できる限り抑えるようにはしていました。私の根拠がない確信は、彼のファン同士での会話や、逆にまったく興味の無い人との会話だけに止めるようにしてきたつもりです。結果が出てしまうまではすべての選手に可能性がある。たとえ誰も気にしていない素人の意見でも、決め付けるようなことは書きたくない。それに一スケートファンとして、まっさらな気持ちでビリビリしながら試合を味わいたいという思いもありました。
おそろしく技術が進化している。頂点に立てる選手が何人も何人もいる。皆素晴らしい、素敵な選手たち。誰が勝ってもおかしくない。

だがそれでも、それでも。
羽生君以外の選手がオリンピックの金メダルを首にかけているビジョンが、私にはどうしても浮かばなかった。

一度でいいから羽生君の競技での滑りを見たくてチケットを取ったNHK杯に向かう前日。羽生君の怪我による欠場発表に、声を上げて泣いた。自分が演技を見られないことそれ以上に、オリンピックシーズンにこんなアクシデントと戦わなければならなくなった羽生君の気持ちを思うと、どうしたらいいのかわからなかった。それでも信じよう、信じて待っていればいいとただただ言い張る自分に呆れて泣いた。
ひとしきり泣いて、それでも思った。
大丈夫だ。絶対に彼は戻ってくる。そして勝つ。絶対に。

メディアは不安を煽る。自分の周囲にもダメじゃないかと言う人はいた。それでも私は信じていた。こんなに何かを信じられたことってかつてあっただろうか。私は常々、世の中に絶対はないと思っている。でもこれは絶対だ。打ち消しても打ち消しても、羽生君のオリンピック連覇を告げる実況の声が頭に響いた。

韓国の空港に降り立った羽生君の、カンヌンのリンクに立つ羽生君の、余計なものをすべて削ぎ落としたような、穏やかで清らかな笑顔に、私は思った。平昌オリンピックのリンクにも神は降りてくるだろうと私は数日前のブログにも書いているしそれについては全然疑ってなかった。でも違う。降りてくるんじゃない。神は既に羽生君の体に宿ってこのオリンピックにやって来たのだ。それはヘルシンキの世界選手権で感じたこととまったく同じだった。
神は羽生結弦依代に選び、ほかの誰も勝たせるつもりがない。
SEIMEIの衣装が間違いなく映えるだろう紫の壁。滑走順。日本人選手に金メダルの出ない状況。あの時をなぞるように。もうきっとみんな気付いている。伝説が生まれる瞬間に、我々は居合わせようとしているのだと。

16年前のあの日、ソルトレイクシティーオリンピックを何の気なしに見ていて良かった。
ヤグディンの演技に衝撃を受けて、フィギュアスケートを真剣に見始めて良かった。
ほんの少しだけだけど、フィギュアスケートを見るための知識があって良かった。
羽生結弦という選手がどれだけ凄まじい選手なのか気付けて良かった。
彼が現役でいるこの時を、見逃さずにいられて良かった。

信じていて良かった。
待っていて良かった。

羽生君、あなたは史上最高のスケーターです。
フィギュアスケートを選んでくれてありがとう。
こんなにも、こんなにもワクワクさせてくれてありがとう。
そして本当に、本当におめでとう。
これからもずっと、ひっそりだけどずっとずっと、応援しています。



…メダルセレモニーの中継を見たら、祝勝会を勝手に開催するので(笑)、これは今のうちに急いで予約投稿。あまり推敲もしていないしうまくまとめられていないけど、とにかく書き留めておきます。前述した通り細かい演技の感想などはまた後日延々と書いてるのが載ると思います(汗)。今はただとにかく、待っていて良かったと、ただそれだけを言わせてください。