続きです。
羽生君の演技がもたらした興奮が、画面を通しても伝わってきていた。そんな中で滑らなければならないネイサン。四大陸では彼に勝利をもたらした要因のひとつとなった滑走順も、この日は彼の味方をしなかった。いや、それは最終グループすべての選手に言える。会場に満ちていたすべてのエネルギーが、羽生君の演技に収束されてしまい、もはや何も残っていないようにすら感じた。いや、残っていないのは神の存在だけで、世界選手権という最高の舞台はまだ続いているのだけれど、神の去った喪失感というものはこれほどまでに大きいのかと、そう思わざるを得なかった。
転倒はあったものの4回転6本に挑戦してきたネイサン。ものすごいことをやっているし、本来もっともっと騒いでも良かったはずである。でも私はまだ涙が止まらず、足にきてるみたいだけど大丈夫かな、と心配しながらも、まだ茫然としていた。
続くボーヤンのパーフェクト演技も通常の状態であればもっと嬉しかったはずなのだが、それでもまだ茫然としていた。でも今シーズン不調だったボーヤンの完全復活に感激して、やっと涙が止まった。ボーヤンありがとう。素晴らしかったよ。
どうにか涙は止まったもののパトリックの演技でもまだどこか茫然としていた。ショートの演技と得点を見て、パトリックはあれがベストなのかなと思った。申し分のないほど素晴らしい選手だけれど、いつも楽しみにしてる選手だけれど、彼は特にパーフェクトに滑らないと勝てなくなってしまった。少し前までならこの程度のミスならばぶっちぎって優勝していたはずなのに。なんていう時代になってしまったんだろう。
昌磨君の演技でやっと茫然自失状態から抜け出せた。完全ではなかったけど。昌磨君のこの演技でも羽生君に届かないのか。ショートもフリーもほぼノーミスだったのに。フリーでは着氷の乱れなどもあったけど、そこまで大きなミスじゃない。ショートの羽生君の失点がかなり致命的なミスだったこともあり、あのルッツのミスがなければ、という話はあまり建設的な意見ではないよな、と思ってはいるが、それでも今大会の彼の演技は十分過ぎるほど優勝に値する演技だったはずだ。それなのに。
神は羽生結弦を依代に選び、ほかの誰も勝たせるつもりがないように思えた。少なくともこの日はそうだった。昌磨君の演技が終わった時点では、それでも昌磨君が優勝かなと思ったりはしたけれど、得点を見ると、やはり私の感じた通りだったのか、と思った。
羽生君の演技をモニターで見てからリンクに向かった昌磨君。枠の心配をしなくていいから安心して滑れたとか(枠のことなんて完全に忘れてた人手を挙げて…。ほとんど全員じゃないすか、汗)もう何をやっても勝てないと思ったから開き直れたとか…。素直な言葉だなと感じつつも、羽生君の最大のライバルになるのは昌磨君ではないか、という私の予感は当たったのかなと思った。パトリックとハビエルはほぼ完成されている。ネイサンとボーヤンは発展途上ではあるが完成形の予想はできる。でも昌磨君はそれがまったく見えない。天井がどこにあるのかわからないのだ。どんな風に伸びてくるか予測がつかないという点で、誰よりも恐ろしい存在だと思っていた。ただ、それは羽生君にも言えることだ。まだ天井ではなかったのかと、今大会のフリーを見て多くの人が驚愕したはずだ。同じ国に生まれたふたりの怪物。きっと平昌オリンピックまでの期間は最高のシーズンになるだろう。どうかこの素晴らしいふたりの選手が問題なく最高のシーズンを過ごせるよう、そう祈らずにはいられない。
もし滑走順が逆だったなら、フェルナンデスはのびのびと滑って3連覇を達成していたのかもしれない。逆でなくても、彼が完璧に滑ればショートとの得点差で優勝していたかもしれない。でも、このグループの最初に出てきた羽生君の存在と得点は、あまりにも大きな壁となって彼の前に立ち塞がった。もう後半は足が思い通りに動いていないように見えた。彼らしい明るさも空回りしているかのようで、とても残念だった。それでも300点を超える得点。これで表彰台にも上がれないとは。ほんの少し前までなら考えられない事態である。成績上位者の待機室みたいな場所で、「300点超えて4位かよ!どんだけだよ!」と叫んでいた羽生結弦氏。きっと世界中からツッコミが入ったに違いない。
「お前が言うな」
歴代の総合得点(当然300点超えてる)上から3つまで全部あなたの名前なんですけど!(笑)
こうしてこの熱い、熱い戦いは、羽生君の逆転優勝というこれ以上ないほどの展開で幕を閉じた。私が創作に携わる人間だったなら筆を折ってしまったかもしれない。どんなフィクションも、この物語の前ではすべて色褪せてしまうかのように思えた。
喉から手が出るほどこのメダルが欲しかったはずだ。マシンガンのように喋り倒し(笑)、表彰台に飛び乗る羽生君は、久しぶりにこんな羽生君を見たような気がするほど嬉しそうだった。彼に勝つために、選手たちは皆研究と努力を重ねてきた。その結果が誰もが考えつかなかったほど大きな実を結んだのが今シーズンだった。群雄割拠の世界と化した男子フィギュアスケート界において、羽生結弦が絶対王者の矜持を保ち続けられる保証はどこにもなくなっていたように見えた。しかし、そんな群雄たちを、もはや世代交代かとの声を、羽生結弦自らがねじ伏せてしまった。こんな選手が、こんな凄まじい選手が日本から出てくるなんて。有名になるということは数多くのアンチも生み出すということに他ならないが、あの演技を見ても黙らないアンチはフィギュアスケートのファンではないと言い切ってもいい。誰にでも好き嫌いはあるが、そういう問題ではなしに、ああ、ただ誰かをこき下ろしたいだけのクズ様でいらっしゃったんですね、と呆れるばかりである。
どうしようか迷ったが書いてしまおう。実はこの日、ずっと前から買おうと思っていたパワーストーンが届いた。私はパワーストーンのアクセサリーをあり得ないほどの勢いで無くしていた時期があり(たぶん10個以上は無くしてる)、どれだけ何か変なものにまとわりつかれてるんだよと軽く絶望していたのだが、お守りがわりにずっと身に付けていたにも関わらず唯一何年も無くさなかった石があった。あまりスピリチュアルなことは信じていないが、その石は確かに自分に力を貸してくれていたように思う。
そのお守りだった石をとうとう無くしてしまい、ずっと物足りない気持ちでいた。経済的に難しい時期が続き(そんなに高いものではないのにそれすら買えなかった)、やっと少し無理はすることになるが購入できるチャンスが巡ってきた。先延ばしにすることも随分考えたが、やはり今しかないと決断した。
長年お守りにしていた石と同じデザインの、新しい石。届いたばかりの、羽生君のフリーの演技をどことなく彷彿とさせる柔らかな色のその石に、私は祈った。今日だけは自分のことはいい。羽生君を守ってくれ、と。その石を握りしめながら、私は羽生君の演技を見届けたのだった。
…うん、恥ずかしいなこの話(笑)。でも私のようにテレビの前や会場で懸命に祈った人は少なくないのではないか。あの演技に神が降りたのは、見守る人々の祈りの力もあったのではないか。そんな風に思う。このプログラムを完璧に滑る時が来たら、世界は浄化され新たな次元に突入するだの、涙が枯れるまで泣くに違いないだの、冗談半分で過去記事に書いているのですが(暇な人は探してください←おらんわそんなん)、だいたいそんな感じになったので自分でもびっくりしてます。前者はともかく(笑)後者はまさしくその通りに…。かなり緊張していたというのもあったと思うけど、だからってあんなに泣くとは思わなかった。知らない人が見たら「誰か亡くなったんですか」って聞いてきそうなくらい泣いてた。ドン引きだよ自分に(汗)
握りしめてたパワーストーンは、これからも大切にお守りとして持っていようと思います。あの日届いたのは何かの縁だろう。気の持ちようなんだけれど、ささやかでも拠り所があるというのは大事だと思うんだよね…。
そんなわけで、放送終了までずっと衝撃と感激に身を震わせ涙を浮かべながら見ていた私ですが、ある人物のおかげで完全にその涙が引っ込みました。
ステファン
あなたなんで待機部屋にいらっしゃるの
あなたの生徒は表彰台じゃなかったでしょ
それとも実はあなた出場していらっしゃったの?
いやこれ単に記念撮影って言うか映りにきたのか…?
助けてくれ、腹が痛い(爆笑)。何だろうこのデジャヴ。そうだソチの前の全日本だ。あまりに壮絶な代表争いに、辛くて苦しくてずっと泣いていた私の涙を完全に止めたのが、全日本の客席でフリーダムな存在感を放ちまくっていたステファン・ランビエール氏だったのだった…。会場に見に行かれていた方から観戦に来ているという話は聞いていたものの、まさかあんなにも様々な目撃情報がインターネット上を飛び交うとは(笑)。今思い出してもおなか痛い(笑)。彼は素晴らしい才能に溢れたスケーターですが、神出鬼没にネタを振り撒くという才能にも溢れすぎていて、それが何故か今大会でも遺憾無く発揮され、実に感慨深いものがございました…(笑)。
オチもついたところで(笑)、この長い長い男子フリーのテレビ観戦記を終わります。魔強統一戦の覇者はやはり阿修羅様でした。長く長く忘れられない世界選手権となりそうです。選手の皆さん、とても語り尽くせないほどの素晴らしい試合をありがとうございました。
最後にエキシビションについて語って完結の予定です。てなわけで以下次号。いやー、こんなに長くなるとは思わなかった…。