うさぎパイナップル

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全日本選手権2021雑感⑤

あまりにも24番滑走の選手の演技の感想が長くなってしまったので、とても中途半端に記事を分けました…。そんなわけで、男子ショートプログラムの感想の続きです。長すぎるので四回に分けてお送りしております。

男子ショートプログラム

第4グループ②

24︰羽生結弦
この時が来た。とうとうこの時が来た。

NHK杯ロステレコム杯に彼の姿は無かった。平昌シーズンを嫌でも思い出させる、右足首の怪我。
4年前との違いは、公式練習中の出来事ではないため詳細がわからなかったこと。それほど酷くはないのでは、という佐野稔さんの言葉を信じるしかない、そう思うだけだった。

4年前の怪我の回復は思わしくなく、彼は全日本には出られなかった。それでも彼の名は代表メンバーの中にあった。実績を考えれば当然のことではあったし、実際連覇という最高の結果を残すことになったのだけど。

4年前と今年は違った。全日本の舞台に、彼の姿はあった。それほど酷くはないのではという佐野先生の言葉は正しかったのか。それとも、いつものように本当の状態を隠しているのか。それはわからないけど、4回転アクセルに挑もうとする姿は、4年前のような状況ではないという印象を持たせるに十分ではあったと思う。

ショートプログラムの情報は、これまでほとんど出ていなかった。刷り直しが間に合わなかったのであろうNHK杯のパンフレットに記されていた、曲名だけがわかるのみ。しかもそのパンフレットが無ければ、曲名すら直前まで明かされることはなかっただろう。

序奏とロンド・カプリチオーソ。フィギュアスケートでは定番とも言ってもいいだろう。非常に耽美なプログラムになることを否が応でも予想させる曲目だったが、本当に直前になって判明したのは、それがピアノアレンジのロンド・カプリチオーソだということ。しかも、ファンタジー・オン・アイスでも共演した清塚信也氏が彼のために編曲したヴァージョンだという。当然、演奏も清塚氏なのだろう。

その選択がどう出るか。足の回復具合は。緊迫した空気の中を、青い結晶が流れ出てくる。人の姿をした、炎の結晶が。

額を少し出すように分けられた黒髪は、陶器のような肌を縁取る。その白い首筋や肩、鎖骨を大胆に露出した衣装は、繊細な水色に金の混ざった、彼らしいセレクトのものだった。特徴的なのが首元で、青のチョーカーが白いうなじを飾る。二次元の世界の人物のように一瞬見えてしまうのは、このチョーカーがなせるわざかもしれない。
水流の中に陽射しが落ち、あたかも金に輝く光の粒に思える。そんな衣装に感じた。

耽美で可憐な衣装のため、一見、男性なのか女性なのかわからなくなってしまう錯覚を起こさせる。彼比で筋肉が増して体格は良くなったものの、通常の男性の姿形を考えると、彼はやはりとても細い。中性的な顔立ちやスタイルが20代後半に差し掛かっても変わらないままの彼くらいだろう、こんな衣装を着こなせるのは。

神が鍵盤に指を置く。ピアノの音の粒がリンクにひとつ落ちてくる。それが合図。

人形のように佇んでいた彼のその目はなんの光も宿していないように見える。一切の望みを持たない、虚無の眼差し。命を持たない人形の、黒い硝子玉。
音の粒は美しい。しかしそれは孤独に響く。この部屋に、この世界にあるのはピアノが1台と美しい人形がひとつきり。無機質な冷たい床の上に、闇夜が落ちる。三日月はあまりに細く、その光は孤独の部屋には僅かしか届かない。

気が付いたら、人形の姿は宙を舞っている。あまりにも美しい4回転サルコウ。加点は満点に近い。気が付いたら跳んでいるということは、非常にシームレスな動作のうちに身体が氷を離れているということ。それでいてあれだけの高さが出る。まだ、まだ彼はあのサルコウの質を高めていくことができるのか。

冒頭から度肝を抜かれたまま、コンビネーションジャンプに入る。4回転トゥループは多少こらえたと思うが、そこからでもコンビネーションに持っていけるのが彼である。こんな場面は何度も見てきたが、今回も微妙な着氷をうまくごまかして成功したジャンプに変えている。十分な加点がついているのに、彼ならまだ出せると思わせるあたりが、彼の残してきた実績の大きさだ。

あっという間に演技は後半に入る。トリプルアクセルは明らかに高さが出ていた。4回転アクセルを習得するために自然とそうなっていったのだろう。着氷後すぐにスピンに移る流れは息もつかせず、音と彼の動きとが完全に重なっている。恐ろしいくらいに。

ステップ、最後のスピン。気が付いたら、あの硝子玉の目をした人形の姿が部屋にない。人形の頬には赤みがさし、硝子玉の目には命の光が燃える。人形の中に閉じ込められていた、青く燃える冷たい炎。温度がない炎は静かにすべてを灰にする。しかし残るのは灰ではない。氷の結晶だ。氷の結晶は数え切れないほど世界に溢れ、指先しか見えない暗闇だった孤独の部屋は、光の群れに包まれる。叩きつけるようなピアノの音色。闇は切り裂かれ、崩壊し、残るのは眩しく白い、氷の世界。

人形の中に眠る魂の名前は、羽生結弦
炎のような魂は、突き上げたその拳で未来を掴む。

羽生君の中性的な繊細さと闘争本能に燃える修羅の魂が、こんな形で同居するプログラムが生まれるなんて。これはピアノアレンジのロンド・カプリチオーソでなければ不可能なプログラムではないか。その選択からして聡明な彼らしい的確な判断だが、このアレンジと演奏は完全に羽生結弦そのものを想定して行われたものだとも実感させた。これはおそらく、同じ音源を使ったところでほかの選手には滑れない。

しかも、こんなほぼ完璧な出来で滑りこなしてしまうなんて。彼は今シーズンまだ試合に出ていなかった。これが初戦なのだ。しかも滑り込んだプログラムでもなく、まったく新しいものだ。ショートプログラムは特に、何度もパーフェクトな演技を披露してきたが、この大一番でもそれをやってのけてしまうなんて。

桁違いの演技に、涙が溢れてきた。スポーツの枠にも芸術の枠にもとらわれない、音を纏った身体表現の極致。それをリアルタイムに、自分の国の土地で目にすることができる喜び。信じていて良かったとまたも思わせてくれる、絶対感。

これで100点を超えないはずもなかったが、超えるどころか参考記録ながら全日本選手権のレコードを塗り替えてしまった。しかもその得点に私はなんとなく暗示めいたものを感じてしまった。111.31点。北京を目指すとようやく明言したけれど、まるで3回目のそれを示しているかのようで。
曲の解釈は驚異の満点。PCSで満点の項目が出るなんて。6点満点の時代なら、満場一致で全員が技術・表現ともに満点を出した演技だったのではなかろうか。

「今までいちばん上手いんですよ僕」なんてことを言ってしまうと、ビッグマウスだと叩かれかねないし、実際単なるビッグマウスも少なくないだろう。しかし彼は本当に言葉の通り、今まででいちばんの羽生結弦を出してきたのだ。年齢的にはとっくに大ベテラン、タイトルは総なめしてきて欲しいものは4回転アクセルの成功だけ。それだけのはずなのに、まだここまで高めていけるのか。

西岡アナウンサーの、少し裏返り気味の「すごい…」の一言。あれ以上の言葉は要らないかもしれない。演技直後に揺れたような気がしたというあの巨大な会場に、居合わせたかったとやはり思ってしまった。

「譲る気はない」の言葉の通り、オリンピックメダリストの二人が、何故彼らがメダリストなのかを一切の手抜きなく見せつけてきた。このあとに滑る選手たちもその気概に応えてくれるだろう。今年も素晴らしい全日本選手権になるに違いない。


文章量が多すぎるよ自分…。というわけで、結局羽生君の記事だけで今回は終わることにしてしまいました。ラストの滑走者までの感想は次回の記事でお付き合いください。
そうそう、羽生君の語っていたイメージが私のクソポエムと全然違ってたのでごめんなさいの一言です。このポエムは忘れてください(笑)どうせポエムですし(泣笑)



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